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社会見学としてよりレクリエーションだった「遠足」

社会見学としてよりレクリエーションだった「遠足」

運動着を着てバスに乗り込み、ハイキングしてお弁当とおやつを食べる、子どもが純粋に楽しめる「遠足」、そんな昔ながらの行事も無くなりつつあるかもしれません。

たのしいえんそく 一年生文庫(1950年代)
たのしいえんそく 一年生文庫(1950年代)出典:画像

言葉としては江戸末期(1810-22年頃)に徒歩で遠くまで行くことを「遠足」と呼ばれており、明治になって学校行事として整備されていったようです。

遠足は、特に学校行事の一環として、レクリエーション・自然環境とのふれあい・身体の鍛練や集団規律の訓練などを目的として教師の主導のもとに、ほぼ1日行程の日帰りで行われる子どもたちの集団的な校外活動をいいます。
見学や観察など学習目的が限定された半日以内の行程のものを「校外学習」、宿泊をともなうものを「修学旅行」と呼んで区別されています。

学校行事としては1886年(明治19年)2月、東京師範学校において中小学両師範学科生徒による千葉県下への「長途遠足」が初めて行なわれました。ただこの行事は、11泊12日の日程で東京と千葉県銚子の間を徒歩で往復するという、宿泊をともなう「修学旅行」の最初ともされています。
なお、修学旅行という語が初めて用いられたのは1888年、1900年代に小学校の高学年に普及しますが、これには1899年(明治32年)に当時の日本鉄道会社が、50人以上の団体に対して割引料金制度を導入したことの効果もあったとか。

上野動物園群遠遊戯之図1907年
上野動物園群遠遊戯之図1907年(明治40年)出典:風俗画報と欧米の図版資料
高等女学校の遠足の様子。1918年
高等女学校の遠足の様子。1918年(大正7年)出典:画像

遠足に教育的意義が付与されたのは欧米では16~17世紀にさかのぼることができるそうですが、19世紀にヘルバルト(ドイツの哲学者・教育学者)の実験学校で実施されて広まったとされます。
明治初期、いくつかの小学校が合同で運動会を開催していた頃、離れた小学校や運動会の会場まで集団で歩いていくことを「遠足」と呼んでいたそうです。
それが教育的意義を持つ学校行事となったのは、ヘルバルトの教育理論が日本に紹介された明治20年代頃。言葉や絵図によるよりも実際のものを見て触れることが大事と位置づけ「遠足」と「学び」の統合をした総合的学習が、1896年(明治29年)11月に東京高等師範学校附属小学校(現・筑波大付属小)の樋口勘次郎先生による小学2年生で行った「飛鳥山遠足」が始まりと言われています。
ルートは上野・不忍池から西日暮里・田端を経て飛鳥山(渋沢栄一氏の次男が生徒として参加していたから?)が終点の片道6キロの道のりを歩く遠足でした。実施後、遠足の内容は生徒の作文を通して紹介され、遠足を通して動物学・植物学・農業・商業・工業・地理・地質など多岐にわたる事物を学んだと報告されています。

以後、このような遠足を「学び」と関連付けた実践の活動主義による教授法は明治30年代以降の教育に大きな影響をもたらし、後の新教育運動へとつながっていき、明治後半頃から日本独特の性格をもつ各校別の学校行事として定着していったそうです。

幼稚園児の電車遠足。1927年
幼稚園児の電車遠足。1927年(昭和2年)交通機関の発達につれて、電車やバスを利用して遠くまで出かける例も多くなりました。出典:幼児絵本「キンダーブック」

ということで遠足とは、学校の特別活動の一つで、バスや列車など他の移動手段を利用する場合もありますが、徒歩を主とした日帰りの旅行のこと。社会見学としてよりレクリエーションを目的として遠出することで、公共性や集団行動を身に付けるねらいがあるそうです。ふだんは檻に閉じ込めた動物を管理している教師たちは、この日ばかりは野放しの野獣を何十匹も引き連れて歩かなければならない、その緊張感たるもの並大抵ではない、と感じます。子どもとしては家でゲームでもしていたほうがラクなのでしょうが、学校で勉強するよりはましなので、遠足の日を楽しみにしています。
「遠足」はもとは、単に徒歩で遠くへ行くことを意味していました。したがって、もとの場所に帰ることは意味に含まれていませんが、「遠足」したまま家に帰らなければ「家出」とか「徘徊」などと名称が変わることになるので、“もとの場所に帰ることも織り込み済みの遠出”と定義してもよいかと思われます。

ハイキングの遠足

しかし、最近では遠足の代わりに校外学習を行う小学校が急増しているそうです。週休2日の実施や脱ゆとり教育による学習内容の増加にともない、授業を補完する要素が強い校外学習へシフトするなど、純粋に楽しめる行事だった遠足が減っているといいます。
校外学習は、様々な科目授業の一環として行われるために授業数としてカウントされ解決できるため、遠足を廃止する学校が増えるのは致し方ない状況のようです。

自分が子どもの頃は、遠足で勉強っぽい内容を学ぶことはありませんでした。普段は給食を食べますが、遠足ではお弁当とおやつを持って出かける点が子どもにとって最大の楽しみで、ハイキングコースを歩くなど、体育のような色合いが強かった記憶があります。
その楽しみの一つ、校外学習では授業の一環のため、おやつを持っていくのは基本的に禁止、無邪気におやつを食べられないのは気の毒だし、あんなにも楽しかった遠足が行われなくなりつつあることは実に寂しいことと感じました。

出典:遠足
出典:「遠足」と「校外学習」の違いとは?
出典:修学旅行
出典:日本語を味わう辞典

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