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シンプルな一枚の布「風呂敷」は万能だった!

シンプルな一枚の布「風呂敷」は万能だった!

様々な柄に染められた薄手の布を包装や運搬の道具として、1300年以上も前から受け継がれてきた日本の伝統的な風呂敷。
古臭いようなイメージがあるようですが、最近では、ちょっとしたラッピングやエコな包みとしても再注目されています。

風呂敷というと唐草模様

唐草模様とは、鳶が絡まりあっている模様で緑地(青地)の生地に白色の着色でお馴染みですが、古代エジプトで生まれシルクロード経由で大陸から日本に伝来し、江戸時代には風呂敷の柄として定着しました。
もともと江戸時代の風呂敷は植物をモチーフにするものが多く、そのうち人々は植物の季節感だけでなく“おめでたいこと”を重視するようになります。そこで登場したのが、縁起が良いとされる植物を描いた吉祥文様。例えば松竹梅は長寿を意味し、麻の葉は子供の健康につながることから重宝されました。
唐草もまた、四方八方に伸びて限りがない生命力が強いつる草に、長寿や繁栄の願いにつながると吉祥文様として受け止められ、庶民の間に浸透していきました。

唐草模様の布団風呂敷
唐草模様の布団風呂敷

この唐草文様の風呂敷、泥棒が背負っているイメージもあります。
実はこの風呂敷、明治から昭和にかけて大量生産され、どこの家庭にも1枚は必ずあったようです。当時は、嫁入り道具、夜具地なんかは大きな風呂敷で包んだんですが、それが唐草の柄でした。
泥棒は、手ぶらで忍び込んだあと、まずタンスから大判の風呂敷を見つけだします。大きな荷物を持って逃げるのに適した風呂敷といえば、たいていはこの唐草文様の風呂敷だったというわけなのです。
こうしたイメージは、戦前から漫画などで多用され、またテレビや舞台で人気を集めた芸人が使うなど、世相が面白おかしく伝聞された結果かもしれません。

風呂敷の始まり

奈良の正倉院には御物(ごもつ/僧侶の袈裟や舞楽の楽器等)を収納した包みがあり、中身に応じて「○○包み」と呼ばれていたそうで、これが風呂敷の起源ではないかと考えられています。
奈良時代には 「裏」や「幞」と書いて“つつみ”と呼び、平安時代には「古路毛都都美(ころもつつみ)」とも呼ばれていたようで、貴族の装束を包んで運ぶ様子が巻絵の下絵に残っています。また鎌倉時代には包み布を「平包(ひらづつみ)」と呼んで名称を変えて使われ続けてきました。

“包む”ための布に新しい用途が出現したのは室町時代、足利義満は京都の室町に大湯殿(おおゆどの)を建て、諸国の大名を蒸気風呂に入れてもてなしました。大名たちは脱いだ衣服を取り違えないよう家紋を付けた布で包み、風呂から上がった後はこの布の上で身繕いをしたという。まさしく風呂で敷いたから「風呂敷」、それが名前の由来といわれています。

「風呂敷」と呼ばれるようになるのは江戸時代、名称が残されている最古の記録は1616年(元和2年)に作られた徳川家康の遺産目録で「こくら木綿風呂敷」の風呂で使われていた木綿の敷物を指している表記があります。
室町時代末期、町風呂といわれる銭湯(蒸し風呂で男性は褌、女性は浴衣を着て入った)ができ、江戸時代になると流行し庶民の間に風呂敷が普及します。そして、ものを包む布のことを「風呂敷」と呼ぶようになりました。
なお、銭湯には籠や柳行李(やなぎごうり)が置かれるようになり、風呂敷が風呂で使われる場面は徐々に減っていきます。

江戸時代の絵本鏡百首
「絵本鏡百首」西川祐尹筆/1752年(宝歴2年)刊、「絵本常盤草」西川祐信筆/1730年(享保15年)刊 出典:メトロポリタン美術館

江戸中期ごろからは、運搬の道具として使うようになります。素材は安価で丈夫な木綿、無地や縞模様の柄物か、店の屋号を入れたものが多かったそうです。当時の風俗絵図には多くの行商人が風呂敷を使っている様子が描かれています。
また、江戸時代の町人は風呂敷を蒲団の下に敷いて寝ていたと言われていて、これは、火事が起こったときに大事な布団を素早く畳んで逃げ出すためだったとか。
江戸後期になると、風呂敷は生活に欠かせない必需品となっていきました。明治期以降は、結納・宮参りなど格式ある場面で、商売に、学校に通うランドセル替わりに、日常の袋物として1960年代(昭和30年代)まで続きます。なお、風呂敷の最盛期は1950年代の半ばから1960年代後半にかけてだとか。

風呂敷

しかし、このころから人々は布製の手提げ袋や鞄を持つようになり、また1960年代始めには伊勢丹百貨店が紙袋の無料サービスを開始し他の百貨店もそれに追随すると紙袋の流行現象が起こりました。1970年代にはスーパーのレジ袋が登場し、1976年(昭和51年)は宅配便サービスがスタート。そうして、人々が風呂敷で荷物を運ぶ機会は急速に減っていき、運搬道具の主役だった風呂敷は次第にその姿を消していきました。

現在、個人需要が激減した後は実用品としてよりも、ほとんどが贈答品として購入されています。関西では婚礼や快気祝など、関東では仏事返礼の答礼品として使われています。
あの記憶にあるお中元やお歳暮を風呂敷に包んで手渡しする光景、今は目にすることがまずないようです。

出典:風呂敷
出典:ふろしきの歴史
出典:風呂敷は日本古来の文化から、エコの文化へ

風呂敷は生き続ける

風呂敷に、再びスポットが当たり始めたのは2000年代中頃。きっかけは、環境問題が取りざたされ「エコ」なものが注目を集めたこと、また、ライフスタイルの変化と共に和の文化を再評価する機運が高まり、雑誌などで和食器や和の家具などと並んで風呂敷が取り上げられる機会が増えたことでした。
使い捨てではないこと、用途が幅広いこと、そして日本古来からあるものをもう一度見直してみる、という視点から風呂敷は再評価されて、現在では伝統的なものからモダンなものまで、多くの種類が販売されています。

唐草模様の風呂敷
唐草模様の風呂敷

古くはバスマットのようにも使用され、今では包むだけでなく、バッグになったり羽織ったり、そして災害時に避難する時も風呂敷の中にタオル等を入れて頭にまくことで防災頭巾の役割も果たしたりと、様々な用途が広がっています。(ちなみに、剣道着を包むのにも使っていました)

極限までにシンプルな一枚の布だからこそ、一つの役割が終わっても、また別の役割を与えて使い続けていて、風呂敷ほど人の生活に近い道具は他にないのかもしれません。万能な風呂敷でもあり、ロングセラーの理由は、おそらくそこにあるような気がします。

結び方の多様さや柄の一つひとつにも意味がある日本古来からある風呂敷、バッグから取り出してさっと包めると、なんだかそれだけで粋でワンランク上のエコな気がしてきて素敵ですよね。

風呂敷の様々な包んで結ぶ仕方の動画はこちらが参考になります→基本の包み方「お使い包み」

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