不思議と愛着が沸くようなキモ可愛い「ハラノムシ」
妖怪とは、人間には分からない不思議な現象そのものや、あるいはそれらを発生させる超自然的な存在。日本古来から伝わる民話・伝承などで伝えられてきた動物や植物ではない不可思議な存在の事。妖(あやかし)または物の怪(もののけ)、魔物(まもの)とも呼ばれます。
妖怪は、八百万の神(やおよろずのかみ)の一種であり、「一目連(いちもくれん/稲光や暴風雨をもたらす暴風神)」や「ひょうすべ(河童の一種、水神)」「鵺(ぬえ)」「酒呑童子(しゅてんどうじ)」など神社に祀られている妖怪も多く、また、カマイタチ、山彦、蜃気楼、病気など当時の常識では説明できない不可思議な現象が彼らの仕業と考えられたケースも少なくありません。
霊魂はそれぞれが感情を持つと信じられており、和んでいれば豊作のような吉事をもたらす「和魂(にぎみたま)」であり、荒れていれば災害や疫病のような凶事をもたらす「荒魂(あらみたま)」であるとし、荒魂を和魂に変える手段が「祭祀」であり「鎮魂」であった。一般的に先祖や偉人、地域によって時には自然や動物も和魂として守り神となってもらえるように祀り続ける一方で、その時代では解明できない凶事と畏怖をもたらす存在も、祀ることで凶事をもたらさなくなるよう鎮魂が試みられてきた。つまり、元々は妖怪的存在とは荒魂のうち祀られなかった、祀ることに失敗した、もしくは祀り捨てられた存在に求めることができるといえる。
出典:『妖怪学新考 妖怪からみる日本人の心』小松和彦 著(講談社)、『妖怪学の基礎知識』小松和彦 著(角川学芸出版)
つまり、日本古来のアニミズム(すべてのものの中に霊魂、もしくは霊が宿っているという考え方)や神道では、災害などの人間に都合の悪いものでも神として祭ってきました(和魂、荒魂)。また、柳田國男(民俗学者)氏は、“妖怪は神の零落したもの”だという考えで、また、仏教伝来後、仏教の考えに合わない土着の神やら不可思議な現象やらはみな妖怪とされるようになった、ともいわれています。
ということで、先日お腹が痛かったことをきっかけにふとした事で見つけた、現代の人間が見るとただの妖怪大全にしか見えない医学書「針聞書(はりききがき)」のハラノムシ(蟲)たちのお話です。
「針聞書」とは、織田信長が上洛を果たした頃の1568年(永禄11年)10月11日、摂津の国(大阪府)の鍼(ハリ)治療の名医・茨木元行(いばらきげんぎょう)によって書かれた鍼治療に関する東洋医学書です。
古来、日本では感情や行動は蟲(寄生虫)が引き起こすと考えられており、永禄の時代には泣き虫や弱虫なども立派な寄生虫学として研究されていました。
「針聞書」は、どの様に針を打てば体内に居る「蟲」を退治できるかをまとめた非常に真面目な医学書なのですが、その病気を引き起こすという「蟲」たちの姿とその特徴がコミカルで、まるで現代のゆるキャラの様にデフォルメされた“妖怪図鑑か?(笑)”のごとくにカラフルかつ独特なデザインで描かれています。
紹介されている「蟲」の図は63点に及び、想像上の「蟲」が上段に描かれ、下段に蟲の特徴、治療法が記されています。
気積・きしゃく…油気の物を好み、魚や鳥も食べる。虎の腹を食べると退治できる。(虎を手に入れるまでに死にそうです)
蟯虫・ぎょうちゅう…庚申の夜に体より出て閻魔大王にその人の悪事を告げる。この虫に取りつかれた人は必ず死ぬ。枕の下の熱まで閻魔大王に告げるので必ず地獄に落ちる。
陰虫・かげむし…男女和合の時に出る虫(どんな時に何のために出てくるんでしょうね?)
肝虫・かんむし…大悪虫。からいものが好き、背骨のある寄生虫。人の中で「そり」という病気を起こす。木香(もっこう)・白朮(びゃくじゅつ)で退治する。
馬カン・うまかん…心臓にいる虫。日がたって起こる。(この馬が心臓を蹴るのでしょうか)
亀積・かめしゃく…傘のような物をかぶり薬をブロックする。飯を食べる。野豆を食べると退治できる。栄養を摘み取り薬の効かない虫。
肝積・かんしゃく…肝臓にいる虫。この虫に取りつかれた人は怒りで顔が青ざめ、人を怒ることを好むようになる。(顔、怒こっています(汗)
コセウ・こせう…物を言う虫。傘をかぶり薬を受けない。胴は蛇のようで、ひげは白くて長い。甘酒が好き。(一緒に飲みたいw)
脾積・ひしゃく…脾臓にいる虫。甘い物が好きで、歌を歌う。へそのまわりに針を打つとよい。(腹の中で歌われたらさぞかしうるさいでしょう)
肺積・はいしゃく…白い虫でこの虫が現れると色白になり胸を患う。鼻は肺の穴である。善悪の臭いが嫌いで、生臭い香りが好き。辛いものが好き。この虫がいると常に悲しい気持ちになる。針は柔らかく浅く打つとよい。
脾ノ聚・ひのしゅ…脾臓にいる虫で、岩のような姿をしている。この虫が起こる時は盤石(ばんじゃく)の岩の上に落ちるような感じがする。虫がこの姿になると病気が治りにくくなる。針の打ち方は口伝されている。
腰抜けの虫・こしぬけのむし…突然発症してぎっくり腰の症状で苦しみます。木香(もっこう)・甘草(かんぞう)で退治できる。(飛ぶのでしょうか?)
説明は東洋医学の「陰陽五行説」に沿っているようです。
当時はおなかが痛いときは腹の虫が騒いでいると思いました。「虫の知らせ」「虫が好かない」「虫の居場所が悪い」「むかむかと腹の虫が収まらない」という表現があるように、夜泣きする子供は「かんの虫が騒ぐ」と言いますが、その説明を“蟲の絵”に表すことで、当時の人にとって疾患に対するイメージが付きやすかったのでしょう。
そして、日本語には他の言語に比べて虫のつく言葉が多いという。日本人は昔から虫に親近感を抱いてきたのかもしれません。だから愉快でかわいい妖怪のような「蟲」たちになったのでしょうか。顕微鏡もレントゲンもなく想像して描いた蟲の絵「針聞書」は、まさに医術版絵双紙(絵本)ですね。
ひょっとすると“ 疳(かん)の虫”や“虫の知らせ”など今も私たちの体の中で息を潜めて棲んでいるのかもしれません。
昆虫、トンボの話はこちら→勝ち虫「トンボ」の秋津は日本国名⁈
出典:九州国立博物館
出典:ピクシブ百科事典
出典:針聞書
出典:妖怪
蛇足、最近は巷では魑魅魍魎の類が増えているようです。魑魅魍魎とは、色々な化け物のこと、つまり化け物オールスターズ。漢字の「魑」も「魅」も「魍」も「魎」もいずれも化け物の意味で、中国語ではそれぞれにキャラクターの区別があるらしいですが、われわれ日本人はそんな漢字の意味はまったく知らないし、書いてみろと言われても一文字だって書けやしないかも、だが一目見たたけで怪しげなものがうじゃうじゃうごめいている感じはよくわかります。また日本語の読み方「ちみもうりょう」もいやな響きの音を寄せ集めたような感覚があり、「魑魅魍魎」は化け物たちを言い表す言葉としてそこそこ用いられています。出典:日本語を味わう辞典
これは日本の妖怪ではないし、ましてや「ベム」「ベラ」「ベロ」ではない。
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