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「こがねうを」と呼ばれていた夏お馴染みの「金魚」

「こがねうを」と呼ばれていた夏お馴染みの「金魚」

夏といえば夏祭り、夏祭りといえば金魚すくい。日本人にとって馴染み深い魚である金魚。ゆったりと泳ぐ姿は、見ているだけで癒されます。

そんな金魚のルーツは中国の揚子江(ようすこう)下流の浙江(せっこう)省、江西(こうせい)省付近が原産地といわれ、晋(しん)代(265~450年)には、すでに赤いフナ(ヒブナ)が存在したことが古い文献に記されているようです。実は金魚の先祖は、フナの中に突然変異で赤い色のものが現れたとか。
学名は「黄金色の魚」の意味で、原産地の中国では1世紀ごろから金魚(チンユウイ・チンユイ/蓄財につながる縁起のいい魚名とされていたという)と呼ばれ、本格的に飼育されるようになったのは、宋(そう)朝(10世紀)のころからと云われています。

「金魚好」歌川豊国
「二五五四好今様美人 金魚好」歌川豊国 画(1863年)出典:東京都立図書館

大きな陶器製の鉢に金魚が泳いでいて、マツモのような水草が見えます。そこへ子どもと金魚をすくおうとしている網を持つ女性が描かれています。

日本に初めて金魚がやって来たのは、1502年に明(みん)から泉州(現・大阪)に伝わった記録がある室町時代といわれています(諸説あり)。その名は「こがねうを」とか「きんぎよ」と呼ばれていたそうです。
当時は高級品で、貴族や豪商などの上層階級の間で愛玩(あいがん)飼育されていましたが、江戸中期になると藩士が副業として金魚養殖を始め、大量生産されるようになるにつれ金魚の価格も下がり、金魚は手の届くペットとして広く庶民にも愛されるようになり、金魚飼育ブームが起こりました。
17世紀後半の元禄時代、金魚ブームの過熱ぶりはかなりのもので、幕府がそれを抑えようとし生類憐みの令を発布した将軍・綱吉は江戸中の金魚をすべて没収し池に放ったという記録すらあるようです。それでも、金魚の流行が下火になることはなかったとか。

「若那屋内・白露」鳥高斎栄昌
「若那屋内・白露」鳥高斎栄昌 画(1800年代)出典:東京国立博物館

女性が手にしているのは「金魚玉」と呼ばれるガラス製(びいどろ)の容器(硝子玉)、これに金魚を入れて持ち帰り、そのまま軒下などに吊るして楽しんだとか。

江戸時代、金魚が好まれ流行ったのはその赤(朱)色にも理由があったようです。
金魚の基本の色は、赤(朱)色、ないしは金(黄金)色で、金色の光沢がある朱色、昔は朱金色とも表現されていました。豊かさや権力を象徴している黄金色、さらに仏教・儒教の影響もあり、赤(朱)色は“西アジア一円で神聖視”されていました。
江戸時代、「赤物」は蔓延していた疱瘡(天然痘)にかからないための「護符」として子どもたちに持たせていました。鮮やかな赤い色には強い呪力があり、病魔、災厄を退散させるという信仰があり、「赤い金魚」が好まれるようになったのには「魔除け」の意味があったそうです。

「金魚づくし 玉や玉や」歌川国芳
「金魚づくし 玉や玉や」歌川国芳 画(1830年代)出典:東京国立博物館

江戸後期に登場したシャボン玉売り(玉屋)。水泡をシャボン玉に見立てている可愛らしい金魚を擬人化した浮世絵。

「金魚売り」歌川国貞
「俳優見立夏商人 金魚売り」歌川国貞 画(1843年)出典:東京都立図書館

江戸中期に登場した金魚を売り歩く江戸の夏の風物詩、金魚売(きんぎょうり)。タライのなかで金魚が泳いでいます。

この時代にはまだ大きなガラス製品一般的ではなく、金魚も木桶やタライ、陶器もしくは漆器製の水鉢で飼っていました。なので、金魚は上からのぞいて鑑賞する「上見(うわみ)」スタイル、そのため上から見た時に美しく見えるように改良が重ねられました。金魚の最大の見どころは“尾びれの揺れの美しさ”なのだとか。またウロコの美しさが際立つように背びれない金魚も作られました。

「東京拾二題 金魚すくい」吉田博
「東京拾二題 金魚すくい」吉田博 画 1928年(昭和3年)出典:江戸東京博物館

金魚すくいの販売形態は江戸中期頃に登場。よく知られたガラス製の容器である“レトロな金魚鉢”が普及したのはこの昭和初期だとか。

とはいえ、見た目を楽しむ完全な“観賞用”として作り出されたために、種類によっては魚本来の“泳ぐ”という機能が脆弱なものもがあり、そういった品種のものは流れに逆らって泳ぐことはほぼできず、水の流れで疲れて溺死してしまうこともあり、また、速く泳ぐことも出来ないため外敵に襲われても逃げることも難しいようです。
(見栄えよく品種改良させられたブランドものの犬猫と同じですね。遺伝子に不具合が生じて奇形になってしまったのでしょう。)
なので、飼いきれなくなったり可哀想だからと川や海に放してしまうと、すぐに死んでしまうことがほとんどだそうです。また、人為的に作り出された金魚と野生の品種の交配は遺伝子汚染を招き、そして生態系が大きく壊されてしまうリスクがあるので放流は慎むべき行為だという。

金魚すくい
金魚鉢
昭和レトロな金魚鉢

現在はどうかというと、一部の愛好家を除けば一般の家庭で金魚を飼うことは減っているし、かつては東京の下町にも数多くあったという金魚の養殖場は、都市開発の波におされ次々となくなっている危機的な状況、また、金魚すくいや町の金魚屋で売られているのは、どれも判で押したような同形・同大の安価に大量生産ができる金魚ばかりで、金魚の多様性を楽しむという文化も廃れつつのが現状だそうです。水族館でさえもあまり人気のない魚なので展示しているところも少ないとか。
このままでは、金魚はただの和柄デザインとしてだけ残り、夏の風物詩であり日本文化の一つの“金魚”という存在が消えてしまうかも…と感じました。

でも金魚は今でも身近なかわいい生き物、夏の厚さを和らげる癒しとして日本人を惹きつけています。改めて日本の伝統文化としての金魚を見直し守っていきたいですね。

つい最近まで、かつての日本の夏に、“きんぎょ~えっ、きんぎょっ。あぁ~、コイの子に、メダカの子”どこからともなく聞こえてくる「金魚売り」の声、『金魚のふれ売り』という文化があったそうです。
出典:全国に千人以上いた金魚売り、現在は熊本の80歳男性ただ1人

出典:キンギョ/wikipedia
出典:キンギョ/コトバンク

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