「市松模様」に託された深い想い
市松模様というと、何を思い浮かべるでしょうか。自分は、あの有名な庭園や襖を思い浮かべましたが、渋すぎたかも…でも好きな柄です。
英語ではチェッカーフラッグ柄やチェスボード柄とも呼ばれているもので、日本では石畳紋様・碁盤の目模様・元禄模様などと呼ばれていた割付文様(単位文様を規則的に散らしたものの総称)の1つです。
つまり、碁盤目状の格子の目を異なる2色の正方形や長方形を互い違いに並べた模様のことで、幾何学模様のもっとも簡単なものとして洋の東西を問わず古くから色々な意匠模様に用いられていました。
市松模様の歴史
日本でのその歴史は古く、古墳時代(3世紀)の埴輪の服装(袴部分)や法隆寺や正倉院(7~8世紀頃)に納められている染織品にも市松模様のモチーフが見られ、古代より織模様として存在していたようです。また、神社の敷石などにも古くから用いられ、時代によって名称が変化しています。奈良時代には石畳文様、平安時代には霰(あられ)文様と呼ばれていました。
平安時代には貴族の衣服などに用いられるようになり、家紋や名物裂(めいぶつぎれ/鎌倉時代から江戸時代初期にかけて渡来した高級織物)など江戸時代以前から存在するものは石畳文様と呼ばれていました。
なお、家紋では「石畳紋・石紋・甃(しきがわら)」とも呼ばれ鎌倉時代以降に家紋として採用されたようです。石畳とは神社の敷石のことで、その理由から神社関係の家が家紋として使用し始めたものだと云われています。四つ石・三つ石・八つ石(本堂石畳)・繋ぎ平九つ石・繋ぎ九つ石、などがあります。
出典:石畳紋
家紋の記事はこちら→日本人なら誰もが所有する「家紋」という名のロゴマーク
“市松”となった名称の由来は、江戸時代の中頃、佐野川市松という人気歌舞伎役者が1741年に江戸・中村座での舞台「心中万年草(高野山心中)」で小姓・粂之助を演じた際に、白と紺の正方形を交互に並べた模様の袴を履いたことから人気になり、その容姿の美しさから浮世絵にもよく描かれたことで着物の柄として流行しました。その市松の愛用した模様が、後に「市松模様」「市松格子」「元禄模様」などと呼ばれるようになったそうです。
ちなみに、佐野川市松は、12歳の初舞台の時からその愛らしさが人気となり、41歳で没するまで美貌の若衆方・女方役者として活躍した歌舞伎役者、家紋は丸に「同」。佐野川市松の名は2代目、3代目に引き継がれましたが初代ほどの活躍はなかったそうです。
「市松」といえば、もうひとつ有名なのが「市松人形」、名前の由来は“佐野川市松に顔を似せて作られたから”とか、“市松模様の着物を着た人形だから”などの説があります。
途切れることなく続く様子から、「永遠」「発展拡大」「繁栄」の意味を持つ、縁起の良い日本古来の伝統的模様・柄とされています。
他にもこんなところに
ルイ・ヴィトン定番柄のひとつ「ダミエ(1888年)」と呼ばれるラインは日本の市松模様をヒントにしたとか。1878年のパリ万博で紹介され広まったジャポニスム(日本ブーム)、そんな時に誕生した柄でした。なお、「モノグラム」は日本の家紋をモチーフにしています。
また、モータースポーツで使われるフィニッシュラインで振られる旗・チェッカーフラッグは、“チェッカーフラッグを受ける=優勝・勝利”を意味しています。標準的なチェッカーフラッグのデザインは白と黒の正方形の市松模様だとか。1906年には使われていたようです。ただ、チェッカーフラッグがなぜこの柄なのかは、“目立つから”とかいくつか説がありますが起源はよくわかっていないそうです。
他にも、交互に縦横8列ずつ並んでいるチェスボード、クロアチアの国旗(市松模様は「シャホヴニツァ」と呼ばれクロアチア語でチェス盤という意味)、そしてPhotoshopなどのグラフィックソフトで透明部分が白とグレーの市松模様で表示されています。この表現はバイオロジーの分野(生物学など)から来ているそうです。
出典:ITmedia ねとらぼ
ロケットにも市松模様が描かれています。左が第二次世界大戦中にドイツが開発した世界初のV2ロケット、中央が「めざすは月(タンタンの冒険)」やH.G.ウェルズの「月世界探検」より登場するロケット、右が昭和レトロなロケットのブリキおもちゃ。初の月面着陸を成し遂げたアポロ11号にも市松模様のようなものが描かれていたようです。理由は、ロケットがまっすぐ打ち上げられているか、不要な回転はないか、目視で確認するためだったとか。
出典:V2ロケット
建築からは、白と黒が形作る石畳紋様(市松模様)から碁盤目模様をベースに等量分割という建築手法が生み出されたようです。これは空間を1:1、1:2、1:3、3:5(三五の比)、5:8(五八の比)などの整数比で分割していくことで、障子や畳、家具、建具の寸法など、日本特有なもののほとんどに使われています。部屋の間取りなどは等量分割の最たるもので「方丈記(1212年)」を書いた鴨長明が隠棲した庵の方丈(約3m四方の正方形)というのは4畳半を表し、これを半畳で区切ると三の方陣と同じ形になります。同じ形状のものが組み合わされて全体を形成し、シンメトリー性も認められ、等量分割は単純で見た目もはっきり分かりやすく、相対的に複雑な西洋の黄金分割(約1:1.618)と比べても美しいと感じます。
出典:「和力:日本を象る」松田行正 著(NTT出版)
そして最後に、2020年の東京オリンピック・パラリンピックのエンブレム。これは「組市松紋(くみいちまつもん)」と名付けられ、国や文化・思想などの違いを示す、形の異なる3種類の四角形が45個で構成されています。“国や文化・思想などの違いを示し「多様性と調和」のメッセージが込められている”とのことです。また、五輪キャラクターにも市松模様が使われています。
この2つの「組市松紋」は配置を変えると、お互いの模様になるよう形作られています。
最後に
古来よりあった石畳文様(市松模様)、国歌「君が代」にある「さざれ石の巌となりて…」のように、小さな石がやがて大きく成長すると考え、石にも魂があるものとされ、大いに尊重されていました。そして変化せず長期的に存在するため、永遠の象徴として考えられてきました。
そう考えると、東京五輪エンブレムも違った見方ができるかもしれません。日本という国に込められた想いや願いがあったように感じられます。オリンピックの話題は次回にしますが、もしも開催できない場合は歴史が繰り返されるかもしれません。
とはいえ、現代は工芸品や染織品、インテリア用品や衣類など幅広い分野で使用されています。“永遠”や“繁栄”などの意味を持つ柄なので、市松模様の入ったアイテムは事業拡大や子孫繁栄などの願いを込めたプレゼントに、また取り入れてみるもよいですね。
出典:佐野川市松
出典:市松模様/コトバンク
出典:市松模様/Wikipedia
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