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メモ帳だった「扇子」が美術品に!

メモ帳だった「扇子」が美術品に!

扇子(扇)は手に持って、あおいで風を起こす折りたたみ式の道具で、古く平安前期に日本で創案されたと考えられています。
扇子は、檜の薄板を綴り合せた檜扇(ひおうぎ・板扇)と竹などの骨に紙を貼って作った蝙蝠扇(かわほりおうぎ・紙扇)の2種類に大きく分けられ、涼をとる機能とは別に儀礼・贈答用としても使われました。

最初に現れた扇は30cmほどの長さに2~3cm幅の薄い檜の板を重ねて作る檜扇と呼ばれるもので、これは奈良時代の実例が発掘されている。紙は貼られておらず、その起りは一説には木簡を束ね一方の端に穴を開け、そこに紐などを通して縛ったものだという。また檜扇のそもそもの用途は開いて煽ぐものではなく、メモ帳として物を書きつけるものであった。

出典:扇子

江戸時代の浮世絵からみる扇子

扇子(扇)を作ること、また、その職人は扇折(おうぎおり)と呼ばれ、そして、扇を作り売る店が扇店(おうぎみせ)で、扇屋になります。

御影堂の看板

江戸時代、江戸では扇を象った大きな作りの看板が多く、看板・暖簾には必ず“御影堂(みえどう)”の三文字を記していました。この文字を書き入れることは、京都の代表的・伝統的工芸品である扇を意識した、江戸の扇屋ならではの表示方法ではないかと考えられています。江戸の「御影堂」看板/出典:京扇堂

なお、京阪の扇屋看板は欅(けやき)板に文字を書いたり、扇形や扇地紙の形を描いたもので必ずしも堂号や屋号を入れるということはなかったとか。

江戸時代の扇屋
御影堂・扇屋図(1785–93年)歌川豊国 作 出典:メトロポリタン美術館

御影堂(みえどう)とは、五条大橋の西詰南の御影堂町(みえいどうちょう)に、かつて新善光寺(しんぜんこうじ/824年に創建)といわれる寺院があり、平安時代に嵯峨天皇(786-842年)の御影を安置したため一般には御影堂と呼ばれるようになりました。ここで僧尼が阿弥陀折という“御影堂扇(みえいどうおうぎ)”を盛んに作ったといいます。この扇が特に品質優秀で江戸時代には扇の最上品とされ、京都名産の一つになったそうです。

扇子(扇)は、平安時代初期の承和(じょうわ/834-848年)の頃には使用されていたと西宮記(さいぐうき/朝廷儀式などのしきたりを記した書)に記録があり、また、現在は五条大橋の西詰北に「扇塚」が建つこの地は、扇子(扇)発祥の地とされています。そして、明治期(1868-1912年)まで新善光寺の僧が扇を製作していたそうです。

なお、江戸扇子の特徴は、骨太な形状と扇面もシンプルでどちらかと言えば男性的な印象のデザインで、京都で生まれた扇子が江戸の粋な文化に合わせて進化していったようです。
なので、華やかで繊細な最上品の京扇子の“御影堂”の三文字を看板に入れたくなるはわかるような気がします。
京扇子の詳しい説明はこちらから→KOGEI JAPAN 京扇子

出典:扇塚・新善光寺跡
出典:御影堂扇

海外の名画からみる扇子や団扇

扇子は、16世紀に入り日本とポルトガルとの交易が始まるとヨーロッパに伝わります。
日本と違い、扇子も団扇も西洋では最初から女性の持ち物として、上流階級の女性のコミュニケーションの道具として大流行し、独自な様式の扇子も生産されるようになりました。
紙と木から、絹やレースを貼った洋扇に発展し、孔雀の羽根を用いた扇子、骨も象牙や美しい装飾の施してあるものなど多種にわたり、17世紀のパリには扇を扱う店が150軒を数えるほどにもなりました。
そして、西洋の生活に溶け込み、17世紀には生産もはじまっていた扇子は、多くの画家が扇面に画を残してもいます。

ファッション画・羽根扇子
アール・デコ様式の当時のファッション画・羽根扇子(1924年)ジョルジュ・バルビエ 作

1867年(慶応3年)、日本がはじめて国として出展したパリ万国博覧会で、日本の物産が紹介されジャポニスム(日本ブーム)が沸き起こりました。
1872年(明治5年)の明治政府による輸出統計に“扇子・団扇”が初めて品目として登場しますが、数量としては扇子が約80万本、団扇が100万本にものぼっているいます。
なお、フランス語には扇子と団扇に相当する言葉がなく、両方とも「évantail」と呼ばれていました。
日常生活のものであった団扇が価値を高めて工芸品として飛躍したことにより、輸出が増加したであろう当時を思わせる絵画が下記になります。

着物を着たフランス女性と扇子
日本の衣装を着けたマダム・モネ(1875年)クロード・モネ 作 出典:Wikipedia、着物を着たパリ娘(1872年)アルフレッド・ステヴァンス 作 出典:Wikipedia

日本の着物を羽織って団扇の散らされた壁面を背景に扇子でポーズをとる女性は、かの有名なモネの「ラ・ジャポネーズ」。そしてこの時代の画家は、団扇をはじめとする日本の美術工芸品を描きこんでいる絵画が多くみられます。

扇子
上流階級の女性の扇子(1700–1723年)フランス、舞台上の踊り子たち(1879年)エドガー・ドガ 作 出典:メトロポリタン美術館

扇子はヨーロッパ上流階級の生活に入り込んでいたものに対し、団扇は江戸時代の庶民の生活に密着した廉価な商品として発達したものなので、比較的手に入りやすい価格だったと考えられます。それが故に、初期のジャポニズム、初期印象派の絵画の中で日本趣味として多く取り入れらたのだろうと思われます。

出典:扇子
出典:印象派の画家マネ、ルノワールに描画された団扇

最後に

「団扇」は外国から日本に伝わったものであるのに対して、団扇を改良した「扇子」は日本から外国に伝わっていったもの、そんな団扇や扇子は日本では風習や用途により使い分けをしていますが、外国では単なる“Fan”もしくは“工芸品”なのでしょうね。
“涼しさを得る目的で扇ぐ”というところは共通している訳で、エコ冷房です。ただし、気温が35℃以上になると熱い空気を再び皮膚にあててしまうことになり逆効果なのだとか。

とはいえ、扇子は小さく折りたたむことができ携帯しやすいので、暑い日の外出には必ずバッグに忍ばせておきます。懐からサっと取り出しバっと拡げる、そんなさりげなく粋な造作が好きでもあります。
さりげなく“センスの良い扇子”で、ささやかに節電。そんな夏の過ごし方、どうでしょうか。

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