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昭和から始まった不滅のファッションアイテム「ジーンズ」

昭和から始まった不滅のファッションアイテム「ジーンズ」

日本人ではじめてジーンズを着用した人物は白洲次郎だったそうです。外交官だった1930年代にアメリカでジーンズを知り、戦後にくつろいでいるジーンズ姿の写真が1951年に公開され、日本中に知れ渡りました。

ちなみに、ジーンズとほとんど同義で用いられている「デニム(denim)」は15世紀フランス南部の都市ニーム(Nimes)が発祥の地で、serge de Nimes(セルジュ・ドゥ・ニーム、訳:ニームのサージ)を簡略化してデニムと呼ぶようになったとか。また、このセルジュ・ドゥ・ニームと呼ばれる生地はイタリアのジェノヴァから各国に輸出されました。ジェノバは中世フランス語で「Genes」、中世英語では「Jene(ジェーヌ)」あるいは「Gene」で、この綴りが現代風になったのが「jean(ジーン)」で、複数形の「jeans」と呼ばれるようになりました。
コロンブスが新大陸に到達した際(1500年前後)に使っていたサンタマリア号の帆もデニムだったそうです。

1950年代のLevi'sジーンズ広告
1950年代のLevi’sジーンズ広告。出典:Flickr

始まりは、1870年代ゴールドラッシュに湧くカリフォルニアで、既に設立されていたリーバイス社(1853年創業)のリーバイ・ストラウスとヤコブ・デービスが鉱夫らの作業着をキャンバス生地のテントを用いて銅リベット(金属鋲)でポケットの両端を補強したズボンを作ったことでした。
1900年代に入り、素材はキャンバス生地からインディゴ(藍)染めのデニム生地へと変わり、縫製技術の進化により1940年代には現在のジーンズとほぼ同様のデザインとなったようです。
なお、インディゴ染めになったのは、毒のあるガラガラヘビはインディゴを嫌うと言われ、蛇避けや虫除けに使われるようになったとか。しかし現在の合成インディゴ染めジーンズだと効果はありません。
藍染の詳しい記事はこちら→「ジャパンブルー」と呼ばれる偽物になった藍染

丈夫で目のつまった耐久力のある綿布(デニム生地)のジーンズは子ども服や労働着・作業服などに用いられていましたが、日常的なファッションアイテムへと変わったのは、1953年の映画『乱暴者』でマーロン・ブランドがLevi’sを、1955年の映画『理由なき反抗』でジェームズ・ディーンがLeeを着用したことにより若者が影響を受けファッションとして普及していきました。

1950年代のLeeジーンズ広告
1950年代のLeeジーンズ広告。出典:Flickr
1970年のWranglerジーンズ広告
1970年のWranglerジーンズ広告。出典:Flickr

日本では、戦後の闇市で米軍の古着が出回り、1950年(昭和25年)頃にはアメ横でジーンズが売られていたようです。その界隈ではGIパンツ、通称ジーパン(jeans+pantsから成る和製外来語。諸説あり)と呼んでいました。
日本で初めてジーンズを輸入販売したのは1956年(昭和31年)港区北青山にあった「栄光商事」で、EDWIN(エドウィン)の前身、東京の「常見米八商店」もこの頃アメ横で戦後の米軍払い下げ衣料品の卸しから始まり、中古ジーンズを輸入していました。

国産ジーンズは、1965年(昭和40年)に岡山県倉敷市の「マルオ被服(現・BIG JOHN/ビッグジョン)」が、アメリカのキャントンミルズ社から輸入したデニム生地で製作・販売したジーンズ「CANTON(キャントン)」が第一号となります。そしてマルオ被服は、デニム特有のゴワゴワ感をなくして優れた履き心地と、洗うと縮む・色落ちするというデメリットを解消した「ワンオッシュ」という技術を世界で初めて採用し、これが世界のジーンズ技術の礎となりました。

1979年のBIG JOHNジーンズ広告
1979年のBIG JOHNジーンズ広告(1960年設立、創業は1940年)出典:Flickr。
BIG JOHN第一号ジーンズ
BIG JOHN第一号ジーンズ。出典:BIG JOHN

1967年、日本で最初の国内ブランドBIG JOHNの名で米国コーンミルズ社のデニムを使った国産ジーンズがデビュー、当初はアメリカからデニム生地や付属品(ファスナー、リベットなど)を輸入して日本で縫製していましたが、1970年前半にはほとんどのパーツが国産にとって換わりました。なので1973年(昭和48年)に倉敷紡績(クラボウ)が開発した国産デニムで作ったものが純国産ジーンズの第1号となります。
ただし、当時のBIG JOHNは、消費者の間に“ジーンズは舶来品の方が物がいい”という先入観が根強く、国産デニムを使っていることを公表しなかったようです。

現在、国産デニムはクオリティが高く世界ではトップクラスの品質になっています。

1974年のMcCampbellジーンズ広告
1974年のMcCampbellジーンズ広告。出典:Flickr。マッキャンベルは国産品なのに MADE IN USA のネームを付けて販売していたため公正取引委員会から排除命令が下され僅か3年間の販売でした。

昭和に流行ったジーンズといえば、日本では「パンタロン」「ラッパ」と呼ばれていた「ベルボトム」。発祥はアメリカ海軍の制服で、1960年代以降、ヒッピー文化の代表的なファッションスタイルの一つとして膝から裾のかけて広がっているデザインの「ベルボトム」が流行、ジーンズはワークウェアからファッションアイテムへと変わっていきました。
日本へは、1960年代末期よりヒッピー文化と共に1970年代後半まで、男女を問わず多くの若者たちに受け入れられ、一大ブームを巻き起こしました。特にジーンズが日本で流行した背景にはベルボトムの存在は大きかったようです。
ちなみに、べルボトムをいち早く発売したのはBIG JOHNで、1971年(昭和46年)に発売された4パッチポケットS-70は裾幅は30cmを越えのラッパで絶大な人気を誇ったそうです。刑事ドラマ「太陽にほえろ」の登場人物、ジーパン刑事こと松田勇作は有名。

現代では膝から裾にかけての広がりが誇張し過ぎない様変化し、名称もブーツカット、ワイドパンツなどに変化しています

1979年のDickiesジーンズ広告
1979年のDickiesジーンズ広告。出典:Flickr
1984年のLeeジーンズ広告
1984年のLeeジーンズ広告。出典:Flickr

こうして、1970年代に入ると世界三大ジーンズブランドのLevi’sやLee、Wranglerといった、元々はワークウェアとしてデニムを生産していたメーカーだけではなく、純粋なファッションとしてデニムを打ち出すブランドも出現し、日本ブランドもBIG JOHN、EDWIN、BOBSON(ボブソン)、Johnbull(ジョンブル)、KAPITAL(キャピタル)、Betty Smith(ベティ・スミス)、bison(バイソン)など多数出揃い、市場規模も拡大していきました。

ブルー・ジーンズ

70年代が終わり、1980年代に入るとジーンズはデザインの時代に入り、ビンテージジーンズのブームが始まり、ビンテージにこだわるレプリカジーンズへ、そして高額なプレミアムジーンズのブームも終わり、NB(ナショナルブランド)ジーンズの生産量ピークは2000年、2009年にはファストファッションブームが始まり、GUが激安PB(プライベートブランド)ジーンズを990円で売り出し注目を集めました。
現在ジーンズ市場はブームのピークから半分近くまで縮小し、手頃なPBジーンズに交代してNBシェアは90%から40%と減少してしまったようです(2019年、日本ジーンズ協議会調べ)。
考えてみれば、日本は30年間で人口減と貧乏になってしまったから、こうなるのは当然でしょう。

ユニクロでさえ高いと言われている昨今、日本ではNBジーンズの復活は難しいといわれています。しかし、国産デニムを用いたトップクラス品質のNBジーンズは、RED CARD(レッドカード)、EVISU(エヴィス)、Denime(ドゥニーム)、JAPAN BLUE JEANS(ジャパンブルージーンズ)、RESOLUTE(リゾルト)、桃太郎JEANS、EIGHT-G(エイトジー)などや、老舗ではEDWIN、Johnbull、BIG JOHNと健闘しているブランドも少なからずあり、中高年層や海外で売れているようです。

ですが、NBでもPBでもジーンズであって、今日では流行やスタイル、性、年齢、身分をこえた衣服として現代ファッションに欠かせないアイテムとなっています。そしてこれからも、不滅のファッションであり続けるに違いないでしょう。

出典:ジーンズ
出典:ベルボトム
出典:デニム

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