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お湯を沸かす道具「やかん」は姿を変えていく

お湯を沸かす道具「やかん」は姿を変えていく

「やかん」とは鉄・ステンレス・アルミニウム・アルマイト・銅・真鍮等の素材で作られていて、直接火などの熱源にかけて湯を沸かす道具です。
「やかん」は“薬缶”と書き、読んで字のごとく薬に関係するものでした。それがどうして湯を沸かす専用の道具になったのでしょう。
お茶を飲むために使われる“沸かす”道具「やかん」についてのあれこれです。

茶の文化から始まる

お茶は、奈良時代に最澄(さいちょう)、空海らの遣唐使が大陸から茶の種子を持ち帰ったのが日本の喫茶(=お茶を飲むこと)の歴史の始まりとされています。その頃のお茶は葉を蒸して突き固めた団茶で、煮出して飲んでいました。
そして、それまでのお茶とは飲み方が異なった“抹茶”を1191年(鎌倉時代初期)に栄西(えいさい)が宋から持ち帰ります。これは、茶葉を粉末にしたもので、湯を加え茶筅(ちゃせん)でかくはんして泡立てて飲みます。この時、別に湯を沸かすための道具、鑵子(かんす)と呼ばれる釜の一種が使われました。鑵子とは、いまでいう茶釜で、そこから湯を柄杓(ひしゃく)で汲み抹茶碗に移します。
抹茶は最初のうちは薬として飲まれていましたが、鎌倉時代の末期になると次第に僧侶や武士の間で嗜好品として社交の道具として武士階級にも普及しました。

同じ頃(鎌倉時代)、漢方などの薬を煎じるための薬鑵(やっかん)という、やかんの語源となる道具も登場しています。もとは素焼き土器で作られていたと考えられ、やがて注ぎ口と持ち手の弦(つる)がついた形が定着していったそうです。

茶道、茶釜

そして安土桃山時代には“茶の湯文化”が花開きます。しかし庶民が日常的に茶を飲むようになるのは、江戸時代初期の1654年に中国から煎茶と注ぎ口と棒状の取っ手のついた急須(きゅうす)が入ってきてからになります。
煎茶は、釜炒りした茶葉に熱湯を注いでしばらく待つという方法で、手間をかけず簡単にお茶が飲めるので急速に広まります。

急須に熱湯を注ぐには、従来のように柄杓で汲んでいてはこぼれやすいので、そこで、あらかじめ注ぎ口のついた湯沸し道具が使われるようになります。

その1つが先の薬鑵で、1603年(慶長8年)に長崎で刊行されたポルトガル語の日本語辞書「日葡辞書(にっぽじしょ)」には、薬鑵について“今では湯を沸かす、ある種の深鍋の意味で通用している”と書かれており、16世紀末には湯を沸かす道具として使われていたようです。薬鑵は「銅鑵(やくわん)」と記載があり、当時は銅製だったことがわかります。
そしてもう1つが鑵子(=茶釜)が進化した、注ぎ口と持ち手の弦がついた鉄瓶です。
出典:「お茶の歴史」発祥、伝来、そして発展:伊藤園 
出典:やかん

やかん
月兎印の日本製スリムポット、新潟県燕市の純銅製の鎚目入りやかん、昭和時代の琺瑯やかん、火鉢に乗せた鉄瓶

しかし庶民にはこれら金属製の道具は手が届きにくく、そこで陶器の土瓶が作られるようになります。当時は火鉢や囲炉裏の五徳の上に置き直火で湯を沸かしたり、茶葉や薬草を煎せんじたりする容器として使っていました。
急須は横に棒状の持ち手がついていて、土瓶は上部に蔓状の持ち手がついています(ちなみに、ポットは輪っかの持ち手)。急須が一般に使われるようになるのは土瓶よりも遅く、幕末から明治初頭になってからだそうです。なので、その頃に金属製のやかんや鉄瓶が普及したと思われます。
出典:土瓶と湯飲み

「やかん」だけ進化し続ける

身近といえば、これほど身近なものも無いというくらい、生活に密着していた「やかん」。
日本ではやかんで沸かした湯を保温性の高いポットに入れるのが一般的でしたが、1970年後半に保温ポットに湯が沸く機能が追加され、次々に沸く機能にプラスされた機種が出てきました。様々に開発されてきた電気ジャーポットでしたが、2004年に、飲みたいときに飲みたい分だけすぐに沸かせるティファールの電気ケトルが発売されると、電気ジャーポットほど大量の湯は要らないという単身者に広く受け入れられました。
鉄瓶や土瓶は材質に依拠した名前なのに対し、「やかん」は材質の特性にとらわれずに、湯を沸かす道具として時代のニーズに応えて姿を変えていくことができたのでしょう。

やかん

茶の湯の席に置かれた鑵子、囲炉裏にかけられた土瓶や鉄瓶や「やかん」、茶の間に居座る電気ジャーポット、沸かす道具はいつも人が集い語らう場にありました。しかし、核家族化さらには単身世帯化が進み、今の電気ケトルへの移行は、食卓がどんどん個人化していることの表れなのでしょう。
きっとまた“沸かす”道具に異変が起きたとき、食卓の風景も変化しているのかもしれません。


アレッシィのバードケトル

手持ちのやかんは、注ぎ口に可愛い鳥が付いたALESSI(アレッシィ)のバードケトル2L。安定感があり素早くお湯が沸く円錐型の形や持ちやすい取っ手など見た目のデザインだけでなく機能性を備えている。お湯が沸くと小鳥が鳴いて知らせてくれるオシャレなやかんだが、あまり使用していない。ちなみに昔、競馬で勝った時に買ったもの。愛用しているのは、小さめ昭和レトロな丸みを帯びた、ちょっとばっちくなった日本製やかん。やはりこちらのが愛着はある。

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