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扱いにくく心許ない食具だけど多彩な機能がある「箸」

扱いにくく心許ない食具だけど多彩な機能がある「箸」

語源は鳥の嘴(はし)あるいは端(はし)ともいわれていて、食物などを挟むのに用いる2本で一対の細い棒「箸」、使い方は“つまむ・挟む・押さえる・すくう・裂く・のせる・はがす・支える・くるむ・切る・ほぐす・混ぜる”等多彩な機能がたった一膳でできます。
ということで、身近すぎて知っているようで知らなかった「箸」について調べてみました。

「幼童諸芸教草 膳」歌川国芳 画
「幼童諸芸教草 膳」歌川国芳 画(1844-48年)出典:国立国会図書館

幼童(児童)に教えるべき諸芸を絵解きした揃物の一つ「膳」。絵の子どもは芥子坊(けしぼう)と呼ばれる髪型で5~6歳のようですが、まだ食べさせてもらっています。絵の左上には「膳部飲食の事」と書かれ、幼い頃から食事のしつけをすることが大切であると説いているそうです。なお、この江戸時代には寺子屋が普及して、庶民の読み書きの能力は世界の最高水準にあったと言われています。

日本で初めて用いられた年代ははっきりしないようですが、縄文時代の遺跡から棒状の漆器が発見されていてこれが日本最古の箸とする説や、弥生時代の遺跡からも発見されていて定かではありません。ただ、弥生時代は竹を半分に折ったピンセットやトングのような箸で、神様に食べ物をお供えするのに使われてたようです。
また、『古事記』のスサノオノミコト神話に箸拾い神話・箸浮かべ神話がみえ、古くから日本に箸が存在していたことが記されているそうです。

食事にお箸が使われるようになったのは飛鳥時代と言われ、聖徳太子が箸食制度(608年頃)を朝廷の儀式で採用し、ここからお箸が広まり、奈良時代には一般化していたようです。

平安時代前期の貴族社会では箸と匙(さじ/スプーン)を使い分けて食していたようでうすが、後期になると貴族も庶民も全て二本箸だけで食するようになりました。
そうなった理由の一つに、奈良時代に登場した木製の椀が平安時代前期に漆がかけられるようになり、この漆器は熱が伝わりにくいことで、熱い汁物を入れても手で持つことができ、直接口をつけて飲むこともできるので、だんだんと匙を使わなくなったと考えられています。
なお、匙やレンゲも使う他の箸食文化圏の国々とは異なり、箸のみを使って食事をする作法が確立されているのは日本だけなのだとか。

後期には魚・鳥と野菜に使う箸が区別され、魚・鳥に使う箸は「真魚箸(まなばし)」、野菜類に使う箸は「菜箸(さいばし)」と呼ぶようになりました。現在料理用に使用する菜箸のルーツです。
ちなみに、両端を細くして真名箸と菜箸の二役をさせた箸は茶道で用いられ、これの考案者が千利休ということから、いまでも利休箸と呼ばれています。
またこの時期、宮中の女官が着物の端布で箸を入れる袋を作ったことが箸袋・箸箱の始まりとされます。

「漆器や箸箱」葛飾北斎 画
「漆器や箸箱」葛飾北斎 画(1823年)出典:大英博物館

外側は黒塗り、内側は朱塗と木製椀に漆がかけられるようになったのは平安時代前期と言われています。この絵は江戸時代後期、箸を入れた箸箱が描かれていますが、箸箱はすでに使われていたようです。

鎌倉時代には食べ方の方式も発展し、現在の「嫌い箸」の基礎ができました。そして箸が膳上に添えられ、箸や飯椀はそれを使って食事をする個人所有になったりと、お膳文化(一人ずつ膳に乗せて食すスタイル)と共に器を持つ文化も発達しマナー化していきました。
余談で、数え方は、箸は一膳(ぜん)、二膳と数えるのが普通ですが、これは鎌倉時代に一人用の膳が発達し、一つの膳に一つの箸が添えられた事からそう数えられるようになったと言われています。それまでは、一具(ぐ)・一隻(せき)・一双(そう)・一株(かぶ)・一囲(い)などと数えていたようです。

「職人尽歌合 七十一番職人歌合(包丁師)」
「職人尽歌合 七十一番職人歌合(模本)」狩野晴川院 画(江戸後期/元は1500年頃)出典:東京国立博物館

調理専用の真名箸(まなばし)と呼ばれる長い木製箸を補助として使い、魚をさばいている「包丁師(魚・鳥を料理する人)」の絵。包丁師(包丁人)は奈良~平安時代の貴族社会に登場したとされ、やがて「板前」と呼ばれるようになるとか。野菜などには香り移りを防ぐため、菜箸を用い使い分けしていたようです。

「北斎漫画 十二編 素麺」葛飾北斎 画
「北斎漫画 十二編 素麺」葛飾北斎 画(1815年)出典:artelino-Japanese Prints

(箸とは関係ない話ですが、初夏なので)やたらと長い素麺を苦労して食べている様子が描かれています。江戸時代初期は長く伸ばしたままの長素麺だったようで、中期頃に6寸(19㎝ほど)に切り揃え印紙で巻き留めた上等品切り素麺が登場。しかし切り素麺は神仏に用いられ、庶民は主に長素麺を食べていたそうです。

室町時代前期には、素木箸・割箸の紙袋の原型の「箸紙(奉書のようなもので箸を包んだり盃の縁を拭く和紙)」が生まれ、江戸時代中期になると、箸は本来は白木(しらき)でしたが汚れが目立つことなどから、漆が施された「塗箸」が登場し、明治時代中頃には全国に普及しました。
なお、割れ目が入っていて、使う人が使用前に割る「割箸」は、文政年間(1818-30年)頃から作られるようになり、江戸時代は「引裂箸(ひきさきばし)」と呼ばれ飲食店で使われるようになったそうです。

そして、1975年(昭和50年)8月4日を「箸の日」として制定、東京・山王日枝神社や奈良吉野・杉箸神社など各地で箸に関連した祭事が行われています。

ご飯と箸

箸とは、人間の体は汚れているという思いこみを無視できない人々が、最も便利な食具である手の代わりに発明した、扱いにくく心許ない食具。
フランスの批評家ロラン・バルトは、切り刻んだり突き刺したりしない箸は、食物に対する優しさを表現していると言っているようですが、箸を使う国では切り刻んだり突き刺したりする作業は料理人が全てやっているだけの事かも。もっとも、切る・刺す・すくうといった単一の機能しかないナイフやフォークを使う人々のように、手抜きした料理人にかわって、ときに生きているときの形のまま出てくる肉などの切り分け作業を、金を払って料理を作らせている客が食卓でしなくてもよいだけまし、というべきでしょうか。
いずれにせよ、箸だけの食事スタイルを千数百年にわたって使いこなしてきて、加えて幼いころからの箸づかいの習慣で日本人独特の手先の器用さが備わり、優れた技術を育んだといわれるのも、あながち間違いではないと感じました。

出典:箸/コトバンク
出典:江戸食文化紀行「飲食のしつけ」
出典:箸/Wikipedia
出典:箸の歴史/兵左衛門
出典:お箸の歴史はいつから?/岩多箸店
出典:日本語を味わう辞典

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