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引き出しを探ってみたら懐かしの「クレパス」

引き出しを探ってみたら懐かしの「クレパス」

赤、青、黄、緑、群青色や深緑、小さい頃その箱を開ける時、いつも心がときめきました。
誰もが一度は使ったことがあるクレヨン、とにかく小さい頃は絵を描くのが好きで、それで窓の磨りガラスや畳に描いて怒られたのを覚えています…(汗。

クレヨンは子どものお絵かき道具として使われるのが最も一般的ですが、「クレパス」というものもあり、こちらも誰もが使ったことがあると思います。
クレパスの一般名称は「オイルパステル」といって、「クレパス」はサクラクレパスが商標を登録しているオリジナル商品なのだそうです。

クレパスは、クレヨンの定着性の良さ、パステルの混色のしやすさ、これらの特長を兼ね備えた描画材料なので「クレヨン」の「クレ」、「パステル」の「パス」をとって「クレパス」と命名されました。
1925年(大正14年)に生まれ、日本初の洋画材料としてはただひとつのものであり、サクラクレパスが研究開発した世界に誇る描画材料です。

出典:株式会社サクラクレパス

では、クレヨンはいつ頃できたのでしょう。
元は2000年以上前のローマ帝国には存在していたと考えられている英語ではエンコスティック又は仏語アンコスティックと呼ばれる、蜜蝋と顔料を混和した固形の絵の具がクレヨンの元祖と云われています。

crayon(クレヨン)とは、フランス語の“craie(白亜=チョーク)”に接尾辞“on(小片)”が組み合わさった言葉で、欧米では18世紀初め頃まではコンテ、パステル、鉛筆、木炭などを含めたものを意味していました。
当時はこれらの画材は、小さい弾丸に削りクレヨンホルダーと呼ぶ小さい補助柄の先に挟んで使ったもので、今日にいうようなクレヨンはそれほど重視されず、むしろ油を全く含まないものの方が主流だったようです。

その後、19世紀末にフランスのあるパステル画家が筆を要しない棒状の画材としてクレヨンを考案し、それをコンテ社が第1次世界大戦中に商品化したのがクレヨンの始まりです。それが、欧州、アメリカへと渡り、日本へは1915年(大正4年)頃にアメリカ製クレヨンが輸入されています。なお、その頃日本では、蝋に顔料を混ぜて“色チョーク・蝋チョーク”と称して描画材料として使用されていたようです。
1917年(大正6年)頃にはアメリカ製クレヨンを手本につくられ、そして1921年(大正10年)頃から国産クレヨンを製造する業者が相次いで創業しました。
大正期、自由画教育(手本の模写から解放して直接自然に親しませようとする図画教育)が山本鼎(かなえ)らによって提唱され、また文部省が学童用描画材最適品として推奨し、クレヨンは急速に全国に普及していきました。
そして、クレヨンより軟質なクレパスの登場(1925年)により、低学年学童用としてクレパスが一般的になっていきました。

昭和レトロなクレヨン
トモエクレヨン(日産化学)、カオークレヨン(花王石鹸)、サクラクレヨン(クレパス本舗(株)櫻商会)、モハンクレオン(櫻トンボ製造所)、天下一クレイヨン

クレヨンとは、パラフィンに顔料をまぜ蠟ろうなどで固めて棒状にした画材のことで、硬質なため描画のときには線描が中心となり、混色・重ね塗り・面描などには適していません。描いた後に触ってもベタつかないのが特徴です。
オイルパステル(クレパス)は、クレヨンの主原料に加え液体油と体質顔料(白色ないし無色の顔料)を含むため軟質で伸びがよく、面描きができたり重ね塗りなど、幅広い絵画表現が可能な画材です。オイルの量が多いので多少のベタつきがあります。クレヨンとパステルとの中間的性質を持ち、クレパス以外の他社製品では一般名として「パス」として用いられています。

ちなみに、パステル(英語:Pastel)とは、乾燥した顔料を粉末状にし粘着剤(油脂は不使用)で固めた画材。カッターナイフ等で削って再び粉末状にしスポンジ等で塗ったり、直接手で持って塗ったりできます。17世紀頃に欧州において発明されました。
パステルと似ているコンテ(フランス語:Conté)とは、顔料に蝋や油脂を混ぜた材料を低温で焼き固めて作られる角形で棒状の画材。パステルより固く折れにくく鉛筆と木炭の中間の柔らかさで、デッサン・クロッキーに適します。1795年に画家であり化学者でもあったニコラ・ジャック・コンテにより発明されました。

昭和レトロなクレパス
1928年(昭和3年)頃の櫻商会ほんとのクレパス、1969年(昭和44年)頃のサクラクレパス太巻、ぶんちょうパス(株式会社ブンチョウ)、第一イーゼルパス(資生堂)、おいる-ぱすてる(株式会社オリオン絵具)、プリズムカラー(合資会社みさくら堂)、ディズニーパス(ペンてる)

その後のサクラクレパスのクレパスは、販路を開拓するため、先生や生徒たちに使い方を教えようと当時の営業マンは背中のリュックにクレパスを詰め込み、日本中の小学校を訪ね歩いたという。

昭和レトロなクレパス
1969年(昭和44年)頃のサクラクレパス細巻

その甲斐あって、年を追う毎にクレパスが小学校の図画教材として採用されるケースが増え、販売のピークは団塊の世代がちょうど子供の頃にあたる1950年代、誕生から約20年をかけて学童用描画材料のスタンダードになっていったそうです。なお、小さく「ほんとの」と書かれているのは模倣品から商品を守るための苦肉の策でした。

サクラクレパス1928年(昭和3年)復刻版
サクラクレパス1928年(昭和3年)復刻版

クレヨン、パステルと並ぶ学童用描画材料の代表格となったクレパス。ですが、子供の絶対数は年々減ってきています。もはや学童需要だけに頼るわけにはいかず、クレパスの未来を左右するのは、かつてクレパスで絵を描いていた大人たちだという。なので、サクラクレパスは「大人の塗り絵教室」などを開催したりして、ここで子どもの頃に親しんだクレパス画の魅力を再認識し、本格的に始める中高年も少なくないとか。

確かに、手を汚さず彩色描画ができ、色鉛筆のように鉛筆削りも必要なく、手軽に絵が描くことができる画材ともいえ、もはや子どもの描画材料だけではなく大人も充分に楽しめる奥の深い描画材料なのかもしれません。

おまけに、絵を描くことがもたらしてくれる効果で脳科学の研究により、絵の経験の有無やうまい・下手は関係なく、ストレス解消や記憶力アップの効果があることが分かってきました。

もしかしたらあの頃使ったクレヨン・クレパスが、まだ机の引き出しに眠っているかもしれません。そしてクレパスを使って絵を描く楽しさは今も昔も変わっていません。

出典:クレヨン/コトバンク
出典:オイルパステル
出典:クレヨン/Wikipedia
出典:日本絵具クレヨン工業協同組合

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