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都内随一のパワースポット「皇居」

都内随一のパワースポット「皇居」

皇居というと、九段下駅から降りて比較的近い日本武道館と北の丸公園、科学技術館くらいしか行ったことがないような。
江戸時代に徳川将軍の居城であった江戸城跡の、とーっても広い敷地面積にあり、地下鉄が通っていない…皇居について知らなすぎるので、あれこれと調べてみました。

皇居の歴史

皇居とは、天皇の平常時における住居ですが、古くは宮・宮室(きゅうしつ)・内裏(だいり)・禁裏(きんり)・禁中・禁闕(きんけつ)・内・御所などの他、大宮・大内・九重(ここのえ)・百敷(ももしき)などとも呼ばれ、“皇居”の語も平安時代には記録に見えるそうです。

現在「都(みやこ)」とは首都・首府の意味で用いられていますが、「宮」の語源が「御屋(みや)」で、宮のある場所・天皇の居所の「宮処・宮處(みやこ・みやどころ)」を意味していました。なので、古くは宮と都とは混同されがちでした。(関係あるのかないのか…自分の苗字には「宮」がつく)

古代では、天皇一代ごとに皇居が移転していましたが、これは宮の建物は掘立て柱の建物でしたので、柱の根元が腐りやすく、宮は一代限り、あるいは一代に数度遷(うつ)り変わるのが常だったようです。また、代が変わって改められたのは、前の天皇の亡くなった場所を忌み嫌ったこともあったという。

律令(りつりょう)制度が整って、持統天皇により初めての都市として計画された藤原京(694~710年)が営まれると遷宮(せんぐう/神殿を建て替える時、神霊を移すこと)の風習は廃れ、平安京遷都後は「万代宮(よろずよのみや/永遠の皇居という意)」と定められました。
平安京は794年(延暦13年)11月22日から一説には1869年(明治2年)まで日本の首都であったとされ、つまり明治維新までの約1000年あまりにわたって京都御所が皇居でした。

「宮城御出門二重橋之図 東京名勝会」歌川国利 画
「宮城御出門二重橋之図 東京名勝会」歌川国利 画(1889年)出典:メトロポリタン美術館
「武州六郷船渡図」月岡芳年 画
「武州六郷船渡図」月岡芳年 画(1868年)明治元年10月の明治天皇の東京行幸における六郷の渡しでの情景。総勢2800人が六郷川(多摩川)に特設された船橋を渡っている。出典:Wikipedia

「皇居」の歴史は、明治維新後に明治天皇が入城したことに始まります。
徳川幕府の居城であった江戸城は1868年(慶応4年)に明治政府に引き渡され、同年9月(明治元年)には明治天皇が京都から江戸へ行幸し、江戸を東京と名を改め、同年10月に東京遷都後、江戸城は「東京城(とうけいじょう)」と改称され、翌1869年(明治2年)の二度目の行幸で天皇の東京滞在が決まると東京城は「皇城(こうじょう)」と称されることとなりました。
1888年(明治21年)和洋折衷式の豪華絢爛な明治宮殿が完成後に「宮城(きゅうじょう)」、戦後の1948年(昭和23年)に「皇居」と称されるようになり現在に至っています。

「江戸図屏風」に描かれている西ノ丸御殿。
「江戸図屏風」に描かれている西ノ丸御殿。出典:Wikipedia

旧江戸城の中心であった本丸及び二の丸の御殿は既に焼失していたため、無事に残っていた西ノ丸御殿が天皇の御座所として用いられました。その後1873年(明治6年)に西ノ丸御殿が焼失すると、御三家の一つ紀州徳川家の藩邸があった赤坂御用地が仮の御所となり、天皇は1888年(明治21年)までこの御所を居住としました。

皇居のあれこれ

皇居の敷地面積は東京ディズニーランドがすっぽり2つ入るほど、また東京ドーム約25個分の大きさで正確には115万436㎡、千代田区の面積の約12%を占めています。皇居外苑も含めると総面積は230万㎡の東京ドーム49個分に相当するとか。この皇居をはじめすべての皇室財産の所有者は国になります。
なお、千代田区の区名は、かつての江戸城の別名「千代田城」に由来し、“千代田”は肥沃な田地だったことから呼ばれていた古くからの地名だとか。

現在「皇居」と呼ばれているエリアは、「吹上御所」、「宮殿地区」、「皇居東御苑」、「皇居外苑」からなり「吹上地区」以外は一年を通じてほぼ一般に公開されていて、入園には、大手門、平川門、北桔橋門が開かれています。

江戸城のかつての主要曲輪(本丸・二の丸・三の丸・西の丸吹上・西丸下・北の丸)全域は、「江戸城址」として国の特別史跡に指定されています。
皇居を取り囲む12のお濠と主要曲輪の石垣は一部を除いてほぼ完全な形で、また現存している門のうち桜田門・桔梗門・大手門・平川門・清水門・田安門は江戸城の時代の姿で残っています。ちなみに、平川門の高麗門は大奥の通用門で、春日局が門限に遅れて入れず門前で一晩過ごしたという伝説の門です。

東京の皇居近辺航空写真1979年
東京の皇居近辺航空写真(1979年/昭和54年撮影)出典:Wikipedia

皇居の住所は東京都千代田区千代田1-1、郵便番号は100-0001、住所は居住していなくても登録できる本籍地として人気で、一説には2000人以上が皇居を本籍にしているとか。
ちなみに、地下鉄は全て皇居を迂回して通っていますが、別に作れない訳ではなく、ただ範囲内は通過するだけになるので、営業上需要がないだけらしい(警備上の問題もあり)。ただし皇居上空は警視庁により「飛行自粛要請区域」に設定され、飛行禁止となっています。

皇居外周ランニングコースは1周約5kmあり、信号で遮られることなくコース途中にトイレがあることや夜間でも治安がよいことなどの理由でランナーに人気ですが、皇居の周囲を最初に走ったという記録は1930年代に開催された「中等学校外濠一周マラソン」で、東京五輪が開かれた1964年に銀座のホステスが皇居周辺を走り始めたのがブームの発端だとか。

皇居一帯は東京都心にありながら緑豊かな地区になっていますが、東京23区内の巨木の約20%は皇居内にあり、夏の平均気温が周辺より約2℃低いなど、皇居から周辺市街地に向かって昼間は風により冷気が移動、夜は冷気が滲み出す現象も観測され「クールアイランド効果」を都心にもたらしているとか。
また、Google Earthにおいては世界のランドマークの一つとして登録されています。

江戸城は天台宗大僧正の天海の勧めを受けた徳川家康により陰陽道や風水術を緻密に計算して築かれたとされ、今も皇居は都内随一のパワースポットともいわれていて、皇居に対して東京タワーは裏鬼門、スカイツリーは鬼門の方向にあり、2つのタワーが皇居の魔除けとなっているという都市伝説もまことしやかに囁かれています。

「鳳凰車皇居発車の図」豊原周延 画
「鳳凰車皇居発車の図」豊原周延 画(明治26年/1893年)出典:大英図書館

皇居は、全国民に広く開かれた場所、自然豊かな公園の都会のオアシスとして、また歴史好きにはたまらない場所でもあり、ぜひ一度は足を運ぶべき場所でしたね。
これからの季節、とーっても広い皇居でのんびりと過ごすのも良いかもしれません。ただし、1日で全ては回れないかも。

出典:皇居/Wikipedia
出典:皇居/コトバンク

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