二つの芸術様式の時代に生きた「ルネ・ラリック」
多くのファンをもつジュエリーデザイナー・ガラス工芸家、アール・ヌーヴォーとアール・デコの両時代に渡って芸術作品を世に送り出したフランスのルネ・ラリック(1860-1945年)。
前半生である19世紀末から20世紀初頭にかけては、アールヌーヴォーを代表する宝飾デザイナーとしての名声を博しました。
ルネ・ラリックは22歳の若さでフリーランスの宝飾デザイナーとなり、パリのカルティエ、デタップ、ブシュロン等などの一流宝石店から依頼を受けるほどの成功をおさめていたジュエリーデザイナーでした。
ジュエリーは大変な人気を集め、とりわけ1900年のパリ万国博覧会で大きく注目されました。“宝飾品=宝石(貴石)の価格”という時代のなかで、ガラスや七宝などの新しい素材と金属加工などの各種技術も使い、芸術性の追求というデザインで勝負し新しいジュエリーの価値を生み出していきました。
アール・ヌーヴォーのジュエリーデザイナーであったルネ・ラリックは、アール・デコのガラス工芸家となっていきます。
アールデコ様式のガラス工芸は、まず香水瓶によって始まりました。1907年に香水商フランソワ・コティは、香水瓶のラベルの図案デザインを依頼します。自らボトルデザインも行い、美しいガラスの香水瓶を生み出すと、たちまち人気を博しました。
1910年ころからガラス工芸家へと転身したラリックは香水瓶や花器、テーブルウエアやシャンデリアやランプだけではなく次第に室内装飾まで手がけるようになりました。
1925年のパリで開催された現代装飾美術産業美術国際博覧会では自らのパビリオンを持ち、花器から噴水にいたる広範囲のガラス作品を出品し大成功をおさめます。またジャガーやロールスロイス等のカーマスコットも手がけたそうです。日本では、1931年に旧皇族の朝香宮邸(現・東京都庭園美術館)のガラス製レリーフ扉やシャンデリアなどを手掛けています。
そして、1920年に設立されたガラス工場の「ラリック社」は現在も続いています。
日本の年号に直すと江戸から昭和にかけて人生を歩んだラリック。
徳川幕府の倒壊と共に日本の美術品や工芸品が海外に渡り、1862年のロンドン万博、そしてとりわけその後の1867年、1878年のパリ万博で紹介され広まったジャポニスム(日本ブーム)が沸き起こりました。それまでのヨーロッパの芸術作品には扱われることのなかった植物や昆虫、小動物がモチーフとして使われていることがアール・ヌーヴォーの作家たちを驚かせます。浮世絵や日本独自の芸術感が西洋の人々に衝撃を与えたそうです。
若き日のラリックもその影響を受けています。鼈甲(べっこう)に似た素材や七宝、翡翠、パールなどを駆使し、独自のスタイルとミックスさせて、簪(かんざし)や櫛形のオリエンタルムード漂う作品を多く作りました。ヨーロッパでは「喪の花」とされていた菊をモチーフとした、いくつかのジュエリー作品を残しています。菊を喪のモチーフとしてタブー視することなく日本を代表する花の一つととらえたのでしょう。
ラリックがデザインの源泉にしたのは日本美術を中心とする東洋の美術であり、そして日本の美術品が自然調和と非対称の曲線を特徴としたアール・ヌーヴォーの礎となったようです。
出典:ルネ・ラリック
アール・ヌーボーとは、ヨーロッパを中心に広まった芸術様式で、Art(芸術)+Nouveau(新しい)で「新しい芸術」という意味を持ちます。
装飾性が高く大量生産に向かないアール・ヌーボーは第一世界大戦の時に衰退します。代わりに広まったのがアール・デコArt(芸術)+Déco(装飾)で「装飾美術」を意味し、1925年のパリ万博(L’Exposition international des arts decoratifset industrielsmodernes の略から来ている)が世界へ広まるきっかけとなったので「1925年様式」とも呼ばれています。
「アール・ヌーボー」と「アール・デコ」の芸術様式の違いは下記になります。
アール・ヌーボー | アール・デコ | |
---|---|---|
デザイン | 曲線的 | 直線的 |
モチーフ | 花や植物などの有機物 | 幾何学模様や記号的表現 |
イメージ | エレガントで装飾的 | 機能的で合理的、装飾性は低い |
流行時期 | 約1890~1910年頃 | 約1910~1940年頃 |
中心地 | ヨーロッパ(ブリュッセル、パリ) | ヨーロッパやアメリカのニューヨーク |
今でもラリックの最高傑作ジュエリーとして名高い「蜻蛉(トンボ)の精」と呼ばれる作品、コルサージュ・ブローチですが、七宝の装飾を付けたトンボからスカラベを頭に飾った緑のクリソプレーズで造られた美女は、トンボに食べられているのか逆に生まれかかっているのか、斬新で幻想的な奇想のデザインです。
妖艶でミステリアスで、何時間でも見入ってしまいそうになる魔力を持つジュエリーや、眺めているだけで溜息が出そうになる美しさがあるガラス工芸、ラリックは夢想をとことん追求し現実の物とした奇才なのかもしれませんね。
画像出典:東京国立近代美術館1992年ルネ・ラリック展の写真集より
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