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誰もが身近に親しんできた昭和レトロな「ホーロー看板」は文化遺産⁈

誰もが身近に親しんできた昭和レトロな「ホーロー看板」は文化遺産⁈

「看板」とは、自社や商品を宣伝のために大きく記したもので、基本的には屋外で使用される広告物のことです。

世界最古の看板としては、紀元前4000年のインダス文明時代の遺跡インドのドーラビーラーで発掘されたもの、または紀元前3000年の古代エジプトのテーベの遺跡から発掘されたパピルスの広告、と諸説あります。

日本では、701年に制定された「大宝律令」に“都で毎月開く市には、商品を標識で表すこと”と記述され看板を掲げることが義務づけられていました。ただ、この頃はまだ看板という言葉はなく、商いをやっている店の標(しるし)としてつけられた牒(ちょう/文書を書きしるした薄い木の札)が標牒(ひょうちょう)と呼ばれ使われていました。
当時は文字を解する庶民は少なかったようで、商品の絵が描かれているもの、あるいはサンプル品を店頭に並べるスタイルだったそうです。

平安時代になると暖簾が使われるようになり、鎌倉末期には簡板(かんばん/鑑板とも)と呼ばれる文字を記した竹や木の札が使われるようになります。この頃には絵だけでなく文字も使われるようになりました。
日本に残っている一番古い看板は、鎌倉時代に作られた「虎屋文庫蔵」というお菓子屋さんの立て看板だとか。

そして室町時代から簡板という言葉が定まり、桃山時代には暖簾に屋号や商品の名前が入れられるようになりました。商標としての性格が強くなり、現在の看板の原型がこの頃でき上がってきました。
独自の表現方法や形態、豪華な装飾を施す事から“絵や文字を看せる板”とした「看板」という名前は、安土桃山時代末期~江戸時代頃に定着したと考えられています。

社会が安定した江戸時代には商業が盛んになり、目印としての役割から商売における宣伝手段として発達していきます。美しい彩色摺りの引札(宣伝のために作られた広告チラシ)が配られ、店先には人目を引く看板が飾られました。文字看板のほか、絵看板、模型看板、あんどん型、ちょうちん型などの看板が盛んに作られ、歌舞伎の芝居看板というジャンルまで出てきました。

富嶽三十六景
『富嶽三十六景 江戸駿河町三井見世略圖』葛飾北斎 画(1830–32年)出典:メトロポリタン美術館

“現金掛け値なし”という新商法で大店となった三井越後屋の建看板(長い支柱を路上に立て板の看板を吊るしたもの)、葛飾北斎の代表作にも登場してます。
ちなみに、大坂は江戸より道幅が狭かったので、こうした建看板はあまりなかったんだとか。

古今百景・吾妻余波
江戸風俗の百科事典として記録してある『古今百景・吾妻余波』1885年(明治18年)岡本昆石 著「東都看板譜」出典:国文学研究資料館

1885年(明治18年)刊『古今百景・吾妻余波(あずまのなごり)』の「東都看板譜」は、東京の街中にある看板を描いたもので、200種類以上の図版が掲載されています。江戸時代から使われているものだけでなく、玉突き(ビリヤード)や西洋料理といった新たな商売に関するものも見え、江戸から明治への大きな時代の変化を感じさせます。
軒に吊るすタイプや紙貼りの行灯形、布製ののぼりもあり、時代劇などでもおなじみの障子看板など実に多種多様な看板。「目立つ」「伝える」ために工夫された造形は遊び心があって面白く、今でも十分通用するものではないでしょうか。“商いの顔”として江戸の商業・文化と共に進化発展した看板は、現在のCI(コーポレート・アイデンティティ)やブランド広告の原点といえるのかもしれません。

明治時代に入ると西洋文化を積極的に取り入れた看板が出現します。布や板が主流だった日本の看板は、産業革命の影響もあり、素材にガラスが使用されたり、文字もカタカナやローマ字になるなど豊富になっていきました。デザインは洗練され、こんにちも目にするキャラクターたちもその姿を見せ始めます。
さらに、明治以降はブリキやトタンなどの薄鉄板にペンキで描いた看板、そして屋外でも耐用性のあるホーロー素材(鉄やアルミなどの金属を下地にして、その上にガラス質のうわぐすりを高温で焼きつけたもの)の看板が登場してきます。

ホーロー看板
出典:Wikipedia

1884年(明治17年)に商標条例が制定され、それ以後の商標登録した看板には「商標登録」という文字が入るようになます。また古い看板は新しい法規に合うように変更させられました。一時期は看板は木地に墨字、金具は銅製に限ると幕府が禁令を出すほどだったそうです。なお、菊花紋の使用は規制されました。

ちなみに、商標登録第1号は明治17年10月1日に出願された京都の膏(こう)薬丸薬の商標。指を切った板前が描かれた図形の商標で、“この薬を塗ると傷が治る”という効能が表されているそうです。

ホーロー看板

ホーロー看板は、1888年(明治21年)頃に誕生し、昭和30~40年代に全盛期を迎えカラフルで丈夫なことから商店や企業の広告として一世を風靡します。しかし、商品サイクルの加速化や住宅事情や新聞・テレビ等のメディアの発達に伴い、昭和50年頃より徐々にその姿を消していきました。
当時は広告代理店を介さず、商品を扱うセールスマンがホーロー看板の製造会社に依頼して制作し各地に設置していたようです。設置場所の民家や商店への報酬も、商品そのもの。つまり現物を渡していくことが多かったとか。
ということは、ペタペタと貼ってあるこのお家はたくさん商品を頂いたのかしら。

出典:ホーロー看板
出典:看板
出典:国立国会図書館
出典:全国銘産菓子工業協同組合

ホーロー看板

日本経済の発展を物語る文化遺産でもあり当時の生活をも垣間見ることがでる、今では時代の遺物となってしまったホーロー看板、これらの昭和レトロな看板は急速にその姿を消しつつあります。
電通が発表した2019年版「日本の広告費」によると、デジタル広告費がトップになり、やはり屋外広告物も縮小傾向です。もはや、“昭和の街並みの代表格は何と言ってもホーロー看板!”はデジタル画像でしか見られない貴重なものになるかもしれません。

独特なデザインや色使い、そしてお茶目なネーミングがとても魅力的でどこか癒される昭和時代のノスタルジックな雰囲気を感じるホーロー看板。もしどこかで見かけたら、それはかなりのレア体験でしょう。 昭和初期から40年代にかけての貴重な文化遺産なのかもしれません。
なお、現在中古品でしたらオークションやフリマなどで購入できます。昭和テイストを演出するインテリアとして良いかもしれません。

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