昭和レトロな玩具・家電・雑誌・家具・建物などなどをご紹介

人間の恐れと反省が生み出した「妖怪」が強大化しつつある?!

人間の恐れと反省が生み出した「妖怪」が強大化しつつある?!

前回の「幽霊」続きで、今回は日本の怪談などに登場する「妖怪」についてですが、妖怪の説明は→不思議と愛着が沸くようなキモ可愛い「ハラノムシ」に詳しく書いてあるので、こちらを参照していただければと思います。
なので、錦絵を紹介しつつ、特徴や歴史などについて探ってみました。

「百鬼夜行」月岡芳年 画
「百鬼夜行」月岡芳年 画(1865年)出典:ボストン美術館

木魚に鐘、三味線など「百鬼夜行」に登場する付喪神(つくもがみ/古い道具などに霊が宿ったもののこと)。妖怪の類ではありますが、ポップな色づかいとユーモアあふれる表情のおかげか不気味というよりなんだか楽しそうな雰囲気が漂います。

“あやし”、“あやし”という言葉が連なってできた単語の「妖怪」は、民俗学では信仰が衰えて零落した神の姿と捉えられていて、妖(あやかし)または物の怪(もののけ)や魔物とも呼ばれていますが、17世紀までは妖怪と書いて「ばけもの(化け物)」と呼ぶのが一般的だったようです。
特徴は、たとえば憑依(ひょうい)霊のように特定の人を選んで出現するようなことがなく、出現の場所や時間がおおむね決まっていると云われています。
出現は、昼夜の境目、いわゆるたそがれ(誰そ彼=誰ですかあなたは?と問いかける時間帯)時、逢魔(おうま)が時といわれる薄暮の時刻とされ、妖怪の多くは出現する場所によって分類できるそうです。

(1) 山の怪:天邪鬼(あまのじゃく)・天狗・山姥(やまうば)などがあり、山の神信仰のくずれたかたち。
(2) 路傍(道)の怪:一つ目小僧・雪女・見越入道(みこしにゅうどう)・野衾(のぶすま)など。
(3) 家屋敷の怪:垢嘗(あかなめ)・座敷童子・倉坊主など、屋敷神の衰退したものが多い。
(4) 海の怪:海坊主・船幽霊・磯女(いそおなご)など。
(5) 川の怪:代表的なものは河童(かっぱ)で、水神信仰のくずれたかたち。
(6) 村内をめぐる怪:首切り馬・ミカリ婆など。
(7) その他:行合神(いきあいがみ/歩いている人に憑くという神)や疫病神など神と妖怪の境にあり、妖怪化しつつあるとされるもの。
場所以外では、火の怪(狐火・鬼火)、音の怪(山彦)、木の怪(沖縄のぎじむん・木霊[こだま])、動物の怪(猫又)など。

「三国妖狐図会 蘇姐巳駅堂に被魅」歌川国芳 画
「三国妖狐図会 蘇姐巳駅堂に被魅」歌川国芳 画(1847年)出典:大英博物館

金毛九尾の狐(きんもうきゅうびのきつね)は、中国や天竺で美女に化けて時の権力者に近づき、国を滅亡に導いてきた妖怪。これは、紂王(中国古代王朝・殷の最後の王)の妾であった寿羊女が九尾の狐に食い殺され身体を乗っ取られ、それに気づいた侍女が飛びかかろうとする場面。この後、寿羊女は妲己と名前を改め紂王の后となり、たぶらかし酒池肉林にふけり国を傾かせます。この話が後の「九尾狐の玉藻前」になっていきます。

「鞍馬ノ僧正坊 御曹司牛若丸 木の葉天狗(一部)」歌川国貞 画
「鞍馬ノ僧正坊 御曹司牛若丸 木の葉天狗(一部)」歌川国貞 画(19世紀)出典:立命館大学

空中に飛び去りながら牛若丸の太刀を受ける小天狗(位が高く鼻の高い天狗は大天狗)の木の葉(このは・こっぱ)天狗。翼と嘴があり、派手な着物に黒い頭巾のようなものを身につけていて、江戸時代の随筆や怪談など各種文献に多く名が見られ境鳥(さかいどり)とも呼ばれています。民間伝承では、人さらい(神隠し)、大木を倒し(天狗倒し)など人に害をなす反面、獲物のとれる方向を太鼓で知らせたりする、善悪二面性を持っています。

妖怪の歴史はいうと、古代にまで遡るようです。奈良時代の『古事記』や『日本書紀』、『風土記』には、目に見えない恐怖として八岐大蛇(やまたのおろち/日本神話にみえる頭と尾が八つずつある巨大な蛇)や鬼などが登場しており、それは神の力として表現されていて古代の日本人は「妖怪」を畏れ敬っていました。
平安時代には「今昔物語集」など怪異にまつわる説話集も編纂されました。
鎌倉~室町時代には絵巻や御伽草紙の登場により、姿を持った妖怪たちとなって描かれるようになりました。中でも妖怪たちが行列をなす様子を描いた「百鬼夜行図」は当時の代表的な作品です。

江戸時代に入ると、幽霊と同じように多数の妖怪画絵巻や、伝承に基づいた「百物語」など怪談会が大流行します。また、伝承や物語をミックスした書籍などの創作も増えていきました。江戸時代以降の作品では、親しみのあるキャラクターとして描かれることが多くなり、双六やカルタといった玩具のモチーフにもなり、現在のような妖怪のイメージが形成されていきました。
ちなみに、日本の伝統的な妖怪として鬼、河童、天狗は「日本三代妖怪」と呼ばれています。そして、日本の民話や伝説に登場し、特に非道で大きな被害をもたらしたとされる鬼の酒呑童子、九尾狐の玉藻前(たまものまえ/平安時代、鳥羽上皇に寵愛されれていた女性)、天狗になった祟徳(すとく)天皇は「日本三大悪妖怪」と呼ばれています。
鬼や酒呑童子の詳しい記事はこちら→「鬼」は外!でも「鬼」も内⁈

「源頼光公館土蜘作妖怪図」歌川国芳 画
「源頼光公館土蜘作妖怪図」歌川国芳 画(1843年)出典:ボストン美術館

背景に描き込んだ無数の妖怪たちの姿は、改革で禁止された業種や摘発された人々の化身のようです。その妖怪たちに悩まされる源頼光とその部下の四天王たちの姿。これは、天保の改革(1843年)を風刺したもので、実は、徳川家慶と水野忠邦をはじめとする幕閣だと言われています。

「東海道五十三次 岡部」歌川国芳 画
「東海道五十三次 岡部」歌川国芳 画(1847年)出典:ボストン美術館

四世・鶴屋南北が岡部の猫石と岡崎の化け猫騒動を描いた「独道五十三駅」を題材に描いたもの。古寺に十二単を纏い老婆に化けて人々に害をなしていた化け猫。場の緊迫感をよそに、突如手ぬぐいを被って踊り狂う猫又(ねこまた/猫の妖怪)の存在がユーモアのある絵です。

ネコに関する記事はこちら→浮世絵から見る、守り神にも妖怪にもなった「猫」

「相馬の古内裏」歌川国芳 画
「相馬の古内裏」歌川国芳 画(1844年)出典:ボストン美術館

左の妖術を使う滝夜叉姫(平将門の娘とされます、伝説の人)と大宅太郎光国(おおやのたろうみつくに)の対決が描かれています。姫の忠臣・荒井丸(あらいまる)をねじ伏せたその時、背後から御簾(みす/目の細かいすだれ)を打ち破り大きな骸骨の妖怪が襲い掛かります。滝夜叉姫はこの妖怪で父亡き後、その遺志を果たそうとしました。

「百種怪談妖物双六」歌川芳員 画
「百種怪談妖物双六」歌川芳員 画(1858年)出典:国立国会図書館

価値評価の高いものほど上段のマスになっていて、この絵双六でも天下を脅かす九尾の狐や、妖怪の親分とされた見越入道などの大物妖怪が描かれています。下段中央の子どもたちの百物語の遊びを“振り出し”とし、荒廃した御所に出現する化け猫「古御所の妖猫(ばけねこ)(おはぐろをつける老婆は、実は古猫)」を“上がり”とする、サイコロの目が示すマスへと駒を飛ばせる「飛び双六」の一種です。
一つの怪談話をするごとに油皿の火を弱くし100話語り終えると最後は暗闇になって妖怪が現れるという百物語は、江戸時代に流行しました。双六の他、妖怪かるた、妖怪玩具など、妖怪がこの時代、娯楽の対象であったことを物語っています。

下記、拡大図と妖怪の詳細です。

「百種怪談妖物双六」左図
「百種怪談妖物双六」左図

左上から、「廃寺の野伏魔(のぶすま/野衾)」人や猫などの動物の生き血を吸う妖怪。ムササビのこととされます。「見越入道(みこしにゅうどう)」見上げれば見上げるほど大きくなり、命を取る。妖怪の親分。「摺鉢山の雷木棒(すりばちやまのれんぎぼう)」古い摺小木(すりこぎ)が妖怪となり、摺鉢山で雷を鳴らします。「天窓の笑辴(ひきまどのしょうけら)」天窓からのぞいてケラケラ笑う妖怪。「茂林寺(もりんじ)の釜」汲んでも汲んでも湯がなくならない上州茂林寺の狸が化けた文福茶釜。「鷺淵(さぎぶち)の一本足」鷺(妖鳥と扱われていた)の住む水辺に出る傘の妖怪。「玄海洋(げんかいなだ)の海坊主」人を海の中へ引き込む、玄海灘に現われる海坊主。「底闇谷の垢嘗(そこくらだにのあかなめ)」古い風呂屋や荒れた屋敷に棲んで古材や垢をなめる妖怪(垢ねぶりとも)。「嫉妬の怨念」嫉妬に狂った女性が蛇の体になり怨念を晴らす。「鯨波(くじらなみ)の船幽霊」船幽霊に会ったら亡霊に底の抜けた柄杓を渡せば、水を汲めないので助かるとか。「妙高山の山童(やまおとこ)」新潟県妙高山に棲む山大男で裸身を木の葉に包み、一つ目。「江州の狗神白児(いぬがみしらちご)」幣(ぬさ)を手に持つ近江の犬神と、家来として使われる稚児。

「百種怪談妖物双六」右図
「百種怪談妖物双六」右図

左上から、「金毛九尾の狐(きんもうきゅうびのきつね)」美女に化けて王の心を奪う。那須原で退治された。「土佐海の蛸入道(たこにゅうどう)」土佐の沖に出る巨大なタコ。漁船や漁師を海に引き込みます。「古葛籠の飛頭獠(ふるつづらのろくろくび/飛頭蛮・轆轤首とも)」古い葛籠から出る首が伸びる妖怪。「噓ヶ原の獨目(うそがはらのひとつめ)」笠をかぶった一つ目の娘が豆腐を運ぶ。豆腐小僧の仲間。「挑灯(ちょうちん)お岩」提灯の怖ろしい顔は「東海道四谷怪談」のお岩さんです。「丁鳴原の腹鼓(たんぼはらのはらつづみ)」月夜の原野に現れる腹を膨らませて叩く狸。「腥寺の猫俣(なまぐさでらのねこまた)」血生臭い寺に棲む尾が二つに裂けた老猫の猫又。人をあざむく。「坂東太郎の河童(かっぱ)」子どもの尻から内臓を引き出す、利根川の河童。「砂村の怨霊」恨みを残して死んだ江戸砂村の人の怨霊が、月夜に生り物に現れます。「幽谷響(やまびこ)」山中に棲む木霊(こだま)の妖怪。人の声に響き返します。「朝比奈切通の三目大僧(みつめだいそう)」鎌倉の朝比奈切通しには、三つ目の老僧が現れます。「中河内の雪女郎(ゆきじょろう)」大阪河内の雪女。白い着物に長い下げ髪姿、足はありません。

こちら→「国際日本文化研究センターの怪異・妖怪画像データベース」は様々な妖怪を絵巻や錦絵からの画像で閲覧できます。

「木曾街道六十九次之内 京都 鵺大尾」歌川国芳 画
「木曾街道六十九次之内 京都 鵺大尾」歌川国芳 画(1852年)出典:東京都立図書館

日本に昔から伝わる妖怪「鵺(ぬえ/鵼・夜鳥とも)」、「古事記」や「万葉集」にも名前が登場しているようですが、一般的には平安時代末期の武将・源頼政によって退治された得体のしれない妖怪として知られています。
「平家物語」によると、近衛(このえ)天皇の病の元凶とされたその妖怪は、頭はサル、胴体はタヌキ、尾はヘビ、手足はトラという、とてつもない姿をしていた(しかし、つくづく絵をみると、あまり怖そうではない。せめて、頭がトラだったらまだしも…)ようですが、そのいかにもとってつけたような混交ぶりは、よほど怯えて相手を見据えることも出来ずいい加減な申告をしたのではないかという疑いをかけたくもなります。しかし記事によると、この鵺なる妖怪が空中を飛んでいるところを頼政が矢で射落として、配下の侍が刀で刺し殺した後に遺体検分をしたというから、正しい報告であったには違いないようです。とはいえ、やはり彼らは妖怪退治でいっぱいっぱいだったに相違なく、この珍しい妖怪を剥製にして保存しておこうというところまで気が回らなかったのは、残念としかいいようがありません。
このように現場担当者の不注意から、結局得体の知れない妖怪としか伝わらない鵺は、現代でも、姿を現さず人々をあやつる黒幕的存在について“ヌエのようだ”と比喩する言葉として活用されています。
なお、想像上の妖怪とされていますが日本各地に鵺の墓とされる史跡が今もなお残されていています。そして、実際に生息する鳥・トラツグミではないかとされています。

「釈迦八相倭文庫 22編 ワザハヒ」歌川豊国 画
「釈迦八相倭文庫 22編 ワザハヒ」歌川豊国 画(1852年)出典:Wikipedia(禍)

人心を震え上がらせた存在として日本三大悪妖怪や複数の動物の部位を寄せ集めた鵺などが挙げられますが、それらにも勝る強さを持った怪物的な妖怪「わざはひ(禍・災い)」。禍獣(かも)、禍母(かぼ)との別名もあります。
平安末期の仏教説話集『宝物集』に鉄だけを食べる猪のような姿と紹介されており、また室町時代頃に書かれた御伽草子『鶴の草紙』では牛のように大きく角の生えた獅子のような獣で、角を振り凄まじい風を起こす事ができるとされています。『釈迦八相倭文庫』では刀(鉄)を食べている荒れた様子が描かれていますが、空腹となり餓えると暴れ出し、その力は獅子や虎の百倍に値するとされます。
つまり、「わざはひ」は鉄を食べて成長し、人々の慢心・増長とともに強大化し、次第に暴れ狂い国を滅ぼすほどの大災害をもたらす、かなり強力な恐ろしい妖怪のようです。まさに現在進行形かもしれません。

ちなみに、言葉としての「わざわい(禍・災い)」とは、不幸な出来事のきざし、またはその出来事、災難のこと。
「わざ」は隠された神の意図、またはその意図に基づく行いという意味で、ここでは人間の過ちに対する神の罰といった意味あいで用いられています。「わい」は「さいわい(幸い)」や「にぎわい(賑わい)」などと同じく、物事が広まっていく様子を表す言葉。
「わざわい」の「わい」は古語では「はひ(這ひ)」で、赤ん坊の「はいはい」のように手と膝をついて前進すること。なので、「わざわい」や「にぎわい」に使われている「わい」は、ドライアイスのガスが地を這うように広がっていくように、なにものかが地上つまり人間世界に広がっていく様子を表現しているものと思われます。つまり「わざわい」は、神々の思いつき(わざ)で多数の人間が痛い目にあっているという、ワンマン社長の気まぐれ経営で被害にあっている社員のように、被害者意識丸出しの言葉、といえるのかも。

ともあれ、妖怪は、伝承・書籍・絵画やアニメに至るまで、形を変えながらも時代を超えて受け継がれ、また新たに生み出されていくことでしょう。そして教訓的に教えてくれる妖怪の存在は、今だからこそ大事な存在なのかもしれません。 

出典:日本語を味わう辞典
出典:妖怪
出典:天狗
出典:禍 (伝説の生物)
出典:みんなの知識 ちょっと便利帳
出典:日本の妖怪の歴史

テキストのコピーはできません。