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商業主義になった「オリンピック」や夏季東京五輪について

商業主義になった「オリンピック」や夏季東京五輪について

五輪では40年ごとに問題が起きたとして、東京大会を「呪われた大会」と本音言っちゃって叩かれた政治家がいましたが(騒ぐ程の言葉ではないと思いますが)、日本は過去、五輪開催を2回中止になっています。
それは、1940年(昭和15年)の史上初めて欧米以外のアジアで行われる東京府東京市(現・東京23区)で開催されることが予定されていた夏季オリンピックと、同年に北海道札幌での冬季オリンピックでした(当時の冬季五輪は夏季五輪の開催国に優先権があった)。
なお、紀元2600年記念行事(神武天皇の即位から2600年にあたる)と万博も同時に開催されることになっていました。 

しかし、1938年(昭和13年)7月16日、日中戦争の影響等、戦費の上昇や関連施設建設の資材にも事欠いたこと、軍が反対したこともあって、やむなく返上したようです。
当時、最初に制作させたポスターが「OLIMPIC(本当は、OLYMPIC)」とつづりを誤っていたエピソードも不運を象徴しているかのようです。
2020年大会も、メイン会場の新国立競技場設計変更問題、五輪エンブレム商標権侵害問題などがあり、当初からとても嫌な感じがしていました。

1940年(第12回)幻の東京オリンピック

1937年、観光産業委員会ポスター
1937年の鉄道省(国有鉄道、JRグループの前身)観光産業委員会ポスター/表紙デザイン:原 弘。出典:画像
1940年、武人の埴輪(はにわ)デザインポスター
コンペで第2位の武人の埴輪(はにわ)デザインポスター/表紙デザイン:山名文夫。出典:画像
1940年、夏季東京大会、公式マーク・公認マーク

1940年(第12回)夏季東京オリンピック国旗入り公式マーク、右の公認マークには富士山が使用されていました。開催地が東京に決まった日は1936年(昭和11年)7月31日でした。出典:『オリンピックデザイン全史1896-2020』マーカス・オスターヴァルダー著/河出書房新社。


1964年(第18回)東京オリンピック

1964年、夏季オリンピック1号ポスター
夏季オリンピック1号ポスター。出典:Flickr

アートディレクター勝見勝氏とグラフィックデザイナー亀倉雄策氏がデザインしたシンボル・マークそのものだった1号ポスター。日本の国旗である昇る太陽を思わせる赤丸が金色の五輪の上に鎮座し、五輪の下にヘルヴェチカボールド(書体)で「TOKYO 1964」とあり、日本で行われるオリンピックを強烈にシンボライズされた見る者に強いインパクトを与えるシンプルなデザイン。著名なグラフィックデザイナーのミルトン・グレイザーが、1924年パリの夏季大会から2022年北京の冬季大会までの歴代オリンピックロゴを100点満点で評価し、世界最高点を獲得したのがこのポスターでした。この時の日本のエネルギーや、その向こう側にある希望や意志までを感じることができるようなモチベーションを表し、世界へ向けての決意表明をするのにこれ以上ないデザインだと思います。

1964年、夏季オリンピック2号ポスター
夏季オリンピック2号ポスター。出典:Flickr

ぼんやりと抱いていたオリンピックのイメージが、現実のものとして迫ってくるのを感じる2号ポスターも亀倉雄策氏のデザインでした。このダイナミックなスタートダッシュの2号ポスターは、オリンピック史上初の“写真を使用した公式ポスター”となり、当時のデザイン界に衝撃が走ったそうです。過去のポスターはほとんどが開催地のアピールや古代オリンピックのイメージを描いたイラストで構成されており、スポーツをダイナミックに表現したものはなかったとか。
3号、4号ポスターも制作し、オリンピックで複数の公式ポスターが制作されたのはこの大会が初めてでした。そしてこの大会からデザインが飛躍的に向上し、ポスターがアートにまで評価されるようになっていきました。

日本ではオリンピックの5つの輪から「五輪」と呼ばれることがありますが、この五輪は南極大陸以外の5大陸を表すもので、特に色で大陸は決められていません。左から青、黄色、黒、緑、赤の順に並び、オリンピック史上初めて五輪の輪の5色の標準色を詳細に決定したのもこの大会からでした。

1964年 東京オリンピックのピクトグラム
1964年 東京オリンピックのピクトグラム。出典:画像

今や全世界で当たり前になった、言葉が分からなくても大丈夫な共通言語「ピクトグラム(絵文字標識・視覚記号)」は1964年の東京五輪で初めて制作され導入されました。手がけたのは、勝見勝氏を中心に横尾忠則氏や粟津潔氏らクリエーター数十人。後に勝見勝氏が“社会に還元しよう”と著作権を放棄したことで世界に広がりました。
現在のトイレマークはまさに、東京五輪をきっかけに世界標準となりました。なお、緑色の非常口マーク(小谷松敏文氏・太田幸夫氏がデザイン)も1987年(昭和62年)に国際標準化機構に組み込まれ世界標準となっています。(しかしこのピクトグラム、何回か雑誌等で制作しましたが0.1mmくるっただけで別物になってしまって、かなり難しいのですよね)
おそらく、日本には1000年の歴史を持ち受け継がれてきた、花鳥風月を見事なまでにシンボライズさせシンプルに表現した「家紋」があったので、得意だったように感じます。

家紋の記事はこちら→日本人なら誰もが所有する「家紋」という名のロゴマーク
ちなみに、2020(2021)年の東京オリンピック・パラリンピックのピクトグラム・デザインを担当したのはグラフィックデザイナーの廣村正彰さんになります。

1964年、記念1000円銀貨
1964年10月2日に発行された記念貨幣、おばあちゃん所有の1000円銀貨

東京オリンピック・パラリンピックの2020年12月現在の大会経費総額1兆6440億円、この内、国際オリンピック委員会(IOC)は850億円負担…。
当初の“世界一コンパクトな大会”のはずが…オリンピック史上最高額となっています。。呪われている、と言いたくなる気持ちわかります(汗。

そこには、オリンピックは単なるスポーツの大会ではなく、開催国にとっては国のメンツをかけたデモンストレーションの場で、カネの問題がまとわりついた巨大イベントであり、企業にとっての絶好のプロモーションの場にもなってしまった商業主義からきているようです。

近代オリンピック(第1回大会は1896年(明治29年)ギリシャのアテネ)の黎明期は富豪の寄付・万博の一環・宝くじ・自治体予算などで成立していて、それまでのスケールを超え国家的事業として行われたのがナチスの五輪ともいわれた1936年ベルリン大会と言われています。

戦後は、1956年(昭和31年)メルボルン大会あたりまでは慎ましい五輪でしたが、1960年(昭和35年)ローマ大会からテレビ放映権料が収入源に加わります。1964年(昭和39年)東京大会ではメーカーから選手へのシューズ提供など“緩やかな商業主義”が始まり、1972年(昭和47年)ミュンヘン大会からは“大会エンブレム(ロゴの使用権でIOC自体がライセンサー(実施許諾者)となってライセンス収入を得る)”など生まれ、テレビ放映権料が高騰し、収入源が多様化して商業化へのカーブが切られました。
ちなみに、メルボルン大会は、IOCが放映権料を取ろうとしてテレビ局の反発を買い、オーストラリア以外の放送局はオリンピックを放映しなかったとか。

そして、商業主義に傾いていくきっかけとなったのは1976年モントリオール大会の巨額の赤字、この影響もあって、開催の6年前に開催地が決まる1984年の夏季オリンピック開催に名乗りを上げたのはロサンゼルスだけでした。
1984年ロサンゼルス大会では、最低入札価格付きの入札制度を活用したテレビ放映料や公式スポンサーを1業種1社に絞りスポンサー料をつり上げ収入を増やし、支出削減も徹底的に行い、2億ドルを超える黒字を計上しました。結果、“オリンピックは儲かる”という印象が一気に広まり、以降、オリンピックはアスリートだけではなくメディアや大企業にとっても一大イベントとなり、現在に至っています。

2020(2021)年の東京大会は様々な可能性が取りざたされていますが、観戦者が会場の約半分に簡素化されたときの経済的損失は約1兆3400億円、無観客開催は約2兆4000億円、中止の際は約4兆5000億円(関西大学・宮本勝浩名誉教授による試算、2021年1月現在)と報告されています。日本が開催できませんと言えば、莫大な賠償金(少なくとも米テレビ局放映権料の約1200億円、他)が発生するようで、経済的損失も加えると中止(開催の決定権はIOCにあり)とは言えないでしょう。今回中止となれば、かつてない“五輪を3度も返上した国”になってしまいますし。

せめて2年延ばしての開催でしたら、まだ“まとも”にできたのでしょうが…、開催中止になったら、経済的損失甚大でなんだかんだと理由つけて税金を取りやすく(上げやすく)なるでしょうね。

東京五輪エンブレム

オリンピックとは、4年に一度開催される世界規模のスポーツ祭典で、主役は4年間も必死にトレーニングして頑張ってきた競技者(アスリート)、のはずでした。
しかし今や、利権による行き過ぎた商業主義(テレビ局の都合による競技者にとっては望ましくない季節・時間帯)、巨大になりすぎて開催できる国や都市が限定されてきている、開催都市の財政を悪化させている(新しく建設された巨大スタジアムが有効活用されない)、行き過ぎた人体改造(ドーピングなどの問題)、利権に浸かった横柄な●OC委員など、問題だらけです。
こんな状態を変えない限り、世界選手権大会などがあるのだからと、オリンピック不要論を唱える人が増大するでしょう。

でも、現在進行形の東京大会は、こんな機会は二度とないと感じているアスリートの気持ちを思うと、簡単に“中止にしろ”とは、自分には言うことができない…、本当になんとか禍を転じて福となる事を願ってやまない気持ちです。

出典:近代オリンピック
出典:オリンピックの存在意義とは
出典:1940年東京オリンピック

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