ちょっと幸せな気分になれる「和風アイス」
暑さをほんの一瞬、忘れさせてくれるアイスクリーム。
この冷たいデザートを初めて口にしたとされる日本人は、幕府の遣米使節団に随行していた柳川当清、「味は至って甘く、口中に入るるに忽ち溶けて、誠に美味なり。之をアイスクリンといふ」と、その感動を1860年(万延元年)に日記に綴ったそうです。サンフランシスコに到着した一行は首都ワシントンに向かうため、アメリカ政府の迎船フィラデルフィア号に乗ります。その船中で、アイスクリームに出合ったとか。
あまりに美味しかったため、その場にいなかった仲間の分まで持ち帰ろうとアイスを懐紙に包んで懐に入れておいたところ、溶けて服までベトベトになってしまった、なんて笑い話も伝えられています。
それから160年、今では、夏が来るたびに新商品が発売され、様々なバリエーションを味わうことができますが、「アイスクリーム白書2019(日本アイスクリーム協会調査)」によると、いちばん人気のフレーバー(味)はバニラ、2位はチョコレート、3位は抹茶。男女差をみると、男性にはバニラ、あずき、ソーダ味、女性にはクッキー&クリーム、抹茶、ミント系が好まれています。抹茶、あずきといった和風アイスが健闘しています。
出典:日本アイスクリーム協会の消費者調査
ちなみに、好きなスイーツではアイスクリームがトップ、以下ケーキ・シュークリーム、チョコレート。男女別をみると男性の方が、1位にアイスクリームをあげる比率は高くなっています。
和風アイス(特に抹茶)が好きな自分としては、いつ誕生したのかなど気になり探ってみました。
日本のアイスの歴史
日本で初めてアイスクリームが販売されたのは、1865年(慶応元年)。横浜の外国人居留地で、アメリカ人のリチャード・リズレーが輸入米とともにアイスクリームを売り出しました。
日本人としては1869年(明治2年)、町田房蔵という方が横浜の馬車道で氷水屋を開き、氷と塩を用いたアイスクリーム「あいすくりん」を製造販売したのが最初です。1杯の値段が金2分(現在の約8000円)、当時の女工の月給の約10日分もしたので、たまに外国人が買うくらいでほとんど売れなかったという。
その後、1874年(明治7年)に宮内省大膳食の村上光保が東京の麹町に洋菓子店「村上開新堂」を開店し翌年にアイスクリームを販売。同じく1874年に開店した銀座の「函館屋」、両国の若松町に出店した「米津風月堂」も1878年(明治11年)に相次いでアイスクリームを提供しています。
1872年(明治5年)に開業した資生堂は1902年(明治35年)、アメリカのドラッグストアでソーダ水が売られているのを真似て資生堂薬局内に「ソーダファウンテン(現・資生堂パーラー)」を併設し、アイスクリームソーダ(現・クリームソーダ)とアイスクリームの販売を始めました。このアイスクリームが人気を博し、銀座の名物になったということです。
当時、氷水が2銭ほどだったのに比べ、アイスクリームは15銭、アイスクリームソーダは25銭。庶民にとってはまだ遠い存在でした。
大正時代半ば、アイスクリームの工業化が始まります。
1920年(大正9年)、冨士食料品工業(現・森永乳業グループの冨士乳業)は東京の深川にアイスクリーム工場を建設。翌1921年(大正10年)には明治乳業の前身である極東練乳が静岡の三島の工場で生産を始めています。これが三越などの百貨店で販売され、注目を集めます。
1923年(大正12年)には、アメリカでアイスクリームの製造技術を学んだ佐藤貢が北海道札幌の自助園農場(後の雪印乳業)で、「自助園アイスクリーム」の製造を始めます。チョコ、ストロベリー、レモンの3色アイスを発売し、人気を博しました。今では当たり前になっているカップ入りアイスクリームは、1935年(昭和10年)に製造が始められています。
昭和30年代の「バニラブルー」パッケージ。画像出典:日本アイスクリーム協会
昭和30年代から60年代にかけて登場した昭和アイスはこちら→懐かしの昭和アイス
大正時代後期頃にはアイスの大量生産が可能になり徐々に広まっていきましたが、当時はまだレストランや百貨店などでしか味わえない高級品でした。長い間、巷に普及していたのは、水にサッカリンなどの甘味料を入れ、割り箸を差して凍らせただけのアイスキャンデーだったのです。
アイスが庶民の身近なおやつになるのは、戦後しばらく経ってからのこと。1952年(昭和27年)に雪印乳業がスティックアイスを発売、これはミルクとバニラの滑らかな食感のアイスクリームで、硬い氷菓子のアイスキャンデーに取って代わり、時代はアイスクリームへと移っていきます。
以降、各社がカップアイス、スティックアイス、アイスモナカといった様々なタイプの商品をこぞって開発し、市販のアイスが大量に出回るようになり、1960年代には冷凍庫付きの家庭用冷蔵庫も普及し始め、アイスリームは広く浸透していきました。
1955年(昭和30年)に発売したホームランバーの記事はこちら→今も昔もドキドキ・ワクワク感の「ホームランバー」
1971年(昭和46年)には、明治乳業がアメリカのボーデン社と提携して「レディーボーデン」を発売。これを機に、高級化と大衆化の二極化が進みます。
1973年(昭和48年)、井村屋が、あずきをふんだんに使った大人向けのアイス「あずきバー」を発売。翌1974年(昭和49年)には、サーティワンアイスクリームがアメリカから上陸。高度経済成長期にかけて、日本のアイスクリーム市場は一気に充実していきました。
そして今や好きなスイーツ部門でアイスクリームがトップに、これは1997年から連続していて、“キングオブスイーツはアイスクリーム”となっています。
なお、1965年(昭和40年)に日本アイスクリーム協会が5月9日は「アイスクリームの日」として制定し、毎年この日にPRイベントを開催しているとか。
和風アイスは抹茶アイスから
抹茶アイスの起源については銀座の平野園というお茶屋が、明治天皇が病床の折に濃茶を挽いてアイスクリームを作り、これを献上したのが最初だとする説が多いですが、明治初期の宮中晩餐会に富士山型に盛り付けられた抹茶アイスが出されたことが、当時のメニューから判ったとか。発案者は不明ですが、外国人客をもてなすために、日本の伝統を感じさせる抹茶を取り入れようとしたのかもしれません。
その後、1955年(昭和30年)に京都の矢野自作園が、京都で一番最初にグリーン(抹茶)ソフトクリームを製造販売。1958年(昭和33年)には和歌山の老舗製茶メーカー玉林園が、抹茶入りソフトクリーム「グリーンソフト」(抹茶と高脂肪ノンフレーバーアイスを混合する製法)を発明し特許を取得します。
このグリーンソフトは、1970年の大阪万博会場で販売し爆発的な売れ行きを示し、特許権の独占期間が終了すると各大手メーカーが製造を開始し一気に全国に広まることとなりました。
出典:抹茶アイスクリーム
ちなみに、抹茶アイスクリームのグリーン色は、昔の漢方の生薬としても重用されていた薬効成分が高い「蚕沙(さんしゃ)」と呼ばれる着色料で、これは、蚕の幼虫が食べ残して消化できなかった桑葉と蚕糞(こくそ/蚕の幼虫の糞)を乾燥させ中に含まれる葉緑素(クロロフィル)と銅を結合させたもの、緑色の銅クロロフィルという着色料だとか。
小倉アイスの登場
工業化が進む一方で、和風アイスの新たなバリエーション「小倉アイス」が登場しました。
小倉アイスの元祖は東京は湯島駅と上野広小路駅の近くにある甘処“みつばち”だとされています。創業は1909年(明治42年)、嶋田屋という名で氷業から始めた店です。1915年(大正4年)に冷夏が襲った時、かき氷が売れず、かき氷にのせるつぶ餡も大量に余ってしまいました。もったいないと思った店の夫婦はあずきを桶に入れて氷冷蔵庫に保管。しばらくして、ちょっと凍ったところを食べてみたら、意外においしい。試しにアイスクリーム製造機にあずきを加えてみたところ、出来上がったのが最初の小倉アイスだったと言われています。
名前は、大豆を使った羊羹が小倉羊羹と呼ばれるので、小倉アイスと名づけられたとか。
大正時代の終わりには、うるち米を使った最中種(もなかの皮)にアイスを挟むアイスモナカも登場します。その後、小倉アイスの噂は瞬く間に広がり、一気に“みつばち”の名物となりました。そして今でも、小豆、砂糖、水、塩という製法は昔と変わらずに素朴な甘みの小倉アイスと最中種という大正時代の名コンビを味わうことができます。
出典:エキサイトニュース
最後に
上流階級の嗜好品として親しまれた抹茶アイス、一軒の甘味処が生んだ小倉アイス、和が生んだアイスは今やどちらも定番です。
最近1年間では約9割が和風アイスを食べている統計があり、「抹茶」が6割と高く、次いで「あずき」や「おもち・大福」「きなこ」「黒蜜・黒糖」などが続いています。好まれている「抹茶」は各年代でも5割を超え、和風アイスはやはり健康志向や親しみやすさから人気なのでしょう。
また、“アイスクリームの気に入っている、好きなところ”では、「おいしいこと」が群を抜いて高いのはもちろんですが、「ちょっと幸せな気分になれる」や「気分転換できたり、やる気が出ること」、「家族や仲間と楽しい時間が過ごせること」など、心理面でのプラス効果も評価が高く、“癒やし・安らぎ・つながり”などのコンフォートフード(Comfort food=幸福な気持にする食べ物)としての役割もあるような気がします。
出典:日本アイスクリーム協会
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