野菜を通じた食文化のコミュニケーションの場があった「八百屋」
何年か前、時期は初夏の19時頃だったかな、その日は仕事が早くに終わり、友人と駅近くの居酒屋に向かいました。細い路地を抜けて近くまで行くと、薄暗い中、老夫婦が早くも片付け始めている八百屋さんに出くわしました。大変だなと思いつつそこを通り過ぎ、居酒屋で何だかんだ愉快に飲んで24時少し前に店を出たのですが、帰宅途中の暗い夜道に煌々と灯り…、あの八百屋の老夫婦がまだ片付け続けていたのです。
そんな街の灯に薄っすら照らされたモノクロームのような光景と、“明日は何時から店を開くのだろう”などと、うら寂しくなった八百屋さんを思い出しました。
それにしても有名な商店街を抜きにして、昭和な昔ながらの八百屋さんは少なくなりましたね。
対話をしながらプロの目利きで良い物を選んでくれて、たまに“おまけ”してくれて、そんなささやかな良さがあった八百屋さんについて調べてみました。
野菜や果物を販売する店、青果店とも呼ばれる「八百屋」の“八百”は八百万(やおよろず)神の“たくさん”という意味から来ているのかな、と思ったらそれもあるみたいで、17世紀には“精進の調菜(副食物/菓子類)・乾物・海藻・木の実・草根などを扱っていたので八百屋といった。(日本大百科全書より)”との説明から野菜以外に様々な食材が売られていたようです。
他には、やはり江戸時代に「青物屋」と呼ばれていたのが「青屋(あおや)」と略されて、さらに「やおや」と呼ばれるようになった説もあります。
ちなみに、江戸時代は、野菜は一般に青物(あおもの)と呼ばれていたそうです。江戸後期の風俗誌『守貞謾稿』には、瓜や茄子など1~2種だけを売り歩く行商人を江戸では前菜(ぜんさい)売りと呼び、数種を売る者を八百屋と呼ぶが、京坂(京都・大坂)では両方を区別せずに八百屋と呼ぶ、と記されているとか。
蛇足で、八百屋店(やおやみせ)というと、反吐(へど)をいう俗語になるとか。「小間物屋を開く」と同じかも。小間物屋の記事はこちら→昔よくあった「荒物屋・万屋」と、今はもうない「小間物屋」
ついでに、語源の由来が八百屋からきているという「八百長」は、明治時代の八百屋の店主・長兵衛(通称・八百長)が、ある相撲の年寄(親方)と碁を打つ際に、勝てる腕前を持ちながら常に1勝1敗になるように手加減したところから、故意に敗退することを「八百長」と呼ぶようになったようです。なお、日本の法律では相撲の八百長行為は禁じられていないとか(相撲協会の規則では禁じられているもよう)。
八百屋は平安時代10世紀頃、自分で作った野菜類を天秤棒を振り担いで売り歩く「振売(ふりうり)・棒手振(ぼてふり)」という形で行なわれ始まったようです。17世紀になると都市の発達に伴って住民の消費にこたえる店売りが始まり、そして18世紀に入ると、商品は野菜類に限定され、葉菜の青物・根菜の土物・果実または種実を食用にする果菜だけが店頭で売られるようになりました。この頃には流通の流れもできていて、近郊の農家から都市の青物市場へ集荷されて、八百屋はそれを仕入れて小売りしていたとされます。
振売・行商の記事はこちら→その日の分だけ稼げばいい、といったのどかな響きがある「行商」
19世紀後半になると八百屋は果物も扱って青果物商となり、戦後は缶詰や瓶詰類も置かれるようになったそうです。しかし高度経済成長期の頃になると、スーパーマーケットの台頭からセルフ方式が主流になり、消費者の足は八百屋から遠のいていきました。これは、スーパーマーケット等が大量に商品を確保しなければならないため仲卸を通じて先取りを行うようになり、八百屋は後に残ったものしか仕入れられなかった、という市場の変化もあったようです。
その後1990年代以降、食に対する安全・安心や新鮮な野菜・果実を求めるニーズの高まりや、農家にとっても流通コストの削減や規模に見合った生産・出荷できる場でもある「農産物直売所」が注目され普及していきましたが、全国の街で八百屋は減少していきました(1976年に6万6195カ所ありましたが2014年には4分の1以下の1万5220カ所まで減少。経済産業省・商業統計より)。
しかしながら、農家さんの話によれば、農産物へのフィードバックは市場や直売所よりも、八百屋さんの方が多いそうです。
そして現在、八百屋は厳しい状況でありながら、形や見た目が悪い見栄えだけではないものに美味しさや旬などの価値を見出す消費者が増えていった需要の変化があり、ベンチャー型八百屋が登場し注目を集めています。
ということで、八百屋とは、野菜や果物など食べられる植物を生のままで売る店。果物専門の店もあるがその場合は「くだものや」と呼ばれます。野菜専門の店はあまりないので「やさいや」という言葉はありません。また、同じ植物を扱う店でも、野菜類を調理して売れば総菜屋(そうざいや)、植物の中でも特別な地位を与えられた穀物を売るのが米屋、食べられないが見た目にキレイな植物を売るのは花屋、病気が治るなどと言って加工した怪しげな植物を売るのは薬屋(主に漢方薬の店)、気持ちよくなるなどと言ってもっと怪しげな植物を売るのはヤクの売人です(汗。
「八百屋」は「種々雑多なものを売る店」といったほどの意味のようですが、市場に持ち込まれた様々な野菜・根菜・果物類を、江戸時代にまとめて店で売るようになった時「八百屋」と呼ばれるようになり、けれども、沢山のものを扱うといっても食べ物に限られるので、もっと雑多なものを売る「万屋(よろずや)」(現代のコンビニの元祖)よりは遠慮した言い方となっているような。
いずれにしても、八百屋は青果物を専門に扱っているため、その専門性は高く、また対面商売を行っていることから容易にコミュニケーションをとることができ、そして、生産者と消費者という2者を結びつけていて食と農をつなぐ上でなにか重要な役割を担っているような感じがしました。これからは高齢化も進み、徒歩圏内の小型店・八百屋がもっと見直されるような気がします(ただし都市圏)。
出典:八百屋
出典:八百屋とは?語源や由来などの基礎知識から現在の流通の仕組みまで解説!
出典:八百屋から見る首都圏における食と農
出典:八百屋ベンチャーに注目、新たな価値が売り物
出典:八百長
出典:日本語を味わう辞典
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