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「相合い傘」は日本にのみ見られる文化だった

「相合い傘」は日本にのみ見られる文化だった

世界でも有数の降雨地帯の日本では、雨具は生活に欠かせないものでした。中でも代表的なものが「和傘」。
和傘は唐傘ともいいますが、「中国から伝来したので唐傘」、「唐傘=からくり傘」など言葉の由来には諸説あります。
その「和傘」は日本で独自の進化を遂げました。

傘・和傘の歴史

傘は、古代オリエントが発祥だといわれています。彫刻や絵画に、王の頭上に従者が天蓋(てんがい)のように傘を差しかけている姿が描かれていいます。また、古代エジプトのツタンカーメン王墓から紀元前14世紀の天蓋付き馬車が出土しています。
紀元前6世紀頃のギリシャでは、それまで権威の象徴だった傘が、身分の高い女性用日傘として使われるようになります。

日本へは、5世紀後半~6世紀頃に大陸から仏教の経典や仏像とともに、高貴な方が日除けや魔除けに使う「天蓋(てんがい)」、「蓋(きぬがさ=絹を張った長柄の傘)」が伝来したといわれています。奈良時代720年に完成した「日本書紀」には、すでに“蓋”の文字が記されていました。
この時に渡来した天蓋や蓋は、日傘として使われ、閉じたり開いたりすることはできず常に開いたままでした。

その後、傘は日本で独自の発展を遂げていき、平安時代の頃から貴族などの間で、設置された天蓋や、従者が持つ大き目の日傘として少しずつ広まっていったといわれています。
鎌倉時代には開閉ができるようになり、室町時代には和紙に油を塗ることにより防水効果のある雨傘として普及し、今の和傘の形になりました。
江戸時代になると庶民の間でも使われるようになり、17世紀後半には婦女子の間で「絵日傘」が流行し、末には「蛇の目傘」、18世紀初頭に「番傘」が登場します。

和傘
蛇の目傘
和傘
明治時代前期頃の和傘職人 出典:Flickr

19世紀始めに持ち込まれた洋傘が明治元年(1868年)には庶民にも普及しはじめます。そして生活が洋風化し昭和30年代に和傘と洋傘の生産数が逆転。やがて和傘は日常生活の風景から消えていきます。
現在では、雨具としての役割をほぼ終え、各地の祭や芸能・行事に使用する和傘として特別なものになっています。

ちなみに、傘の扱いが大きく変わったのは、1958年(昭和33年)ビニール傘の登場からだそうで、この頃は簡便性・効率性重視へと生活の価値観が大きく転換した時期、使い捨てなものへと変容しています。
洋傘が普及し日用品としての和傘は消えましたが、洋傘といえども高度経済成長期までは、修繕業者が都内にもいたほど家財道具の一つとして決して粗末には扱いませんでした。傘はかつて贅沢品だったとは思いますが、リフォームをして大事に使用することが当たり前の時代だったのです。

和傘の種類

蛇の目傘(雨傘)
柄(え)は木棒で細く作られ、持ち手部分には籐が巻かれていたり工夫が凝らされているものもあります。内側に飾り糸を施しており、傘を差したとき見栄えを美しくカラフルにしています。外側の和紙の色柄が豊富で美しく華やかなのが特徴です。
また、名前の由来は、描かれた丸い模様が蛇の目に見えるところからきているようです。
現在では、和紙の絵柄や飾り糸の美しさで、歌舞伎の小道具として、またインテリアとしても使われています。

番傘(雨傘)
柄は竹で作られ骨太で丈夫なつくり、無地の和紙を貼るだけのシンプルな傘になっています。重量もあり、男性に好まれて使われています。
江戸時代、庶民の間で広く好んで使用されたそうです。
名前の由来は、大坂で「大黒屋傘」がつくられ、その後、印や判を入れて「判傘=番傘」になったと伝えられています(諸説あり)。

日傘・舞傘
雨具ではないので防水加工が施されていません。なので、和紙本来の色や型染めされた模様や質感を感じることができ、美しい柄を楽しむことができます。
また、日本舞踊や歌舞伎など、舞う時の小道具としても使われています。
舞踏用として高価なものは本絹を使用しているものもあり、和紙よりも透明度が高く美しく上品なので、インテリアとしても人気があります。

野点傘
野点傘(のだてがさ)には、本式野点傘と妻折(つまおれ)野点傘の2種類があります。どちらも圧倒的な存在感のある大きな和傘です。
本式野点傘は茶道の時に使われ、赤白・緑白の二色張りがり特徴で、シンプルな番傘をほぼそのまま大きくした形になっています。
妻折野点傘は神社仏閣や各地の祭礼・伝統行事に使われ、傘の端の部分が内側に湾曲したデザインになっており、内側の小骨には綺麗な五色の飾り糸(魔除け)でかがられてのが特徴です。

和傘
蛇の目傘(雨傘)、番傘(雨傘)、日傘・舞傘、妻折野点傘

出典:
出典:天蓋
出典:日本の傘の略年表
出典:和傘と番傘の違いって?

雨の日を楽しく

実は雨の日はきらいで、学生の頃は雨が降ってきただけで引き返したりした事もありました。なので、雨の日を楽しくするため、色々な種類の傘を集め気分を変えて外出したものです。
ふと、時間に余裕がある時に耳を傾けると、雨の強弱や傘の素材によって雨音が違い、楽しくもありました。
きっと昔の人は、雨のなか、和傘がつくる空間に身を置くと、降り方によって変わる雨音、傘の手元から伝わる風の変化、歩く場所によって変わる匂いと五感から受けとって、それが雨に関する豊かな表現を生み出し、絵画や詩歌で多くの作品を残してきたのでしょう。
日本は、“自然と寄り添う文化”と考えると、日本人にとって傘とは“雨に寄り添う道具”なのかもしれませんね。

和傘
「相合い傘」浮世絵師・鈴木春信 作(1764–72年)、「芸者と三味線箱を持つ女」浮世絵師・喜多川歌麿 作(1797年) 出典:メトロポリタン美術館

傘にまつわる文化として日本にのみ見られる「相合い傘」、2人で肩寄せ歩くとき、傘の下の空間はたしかに特別なものになります。この“傘がつくる空間”を神仏が天から降りて鎮まる「結界(天蓋)」と見立てた歴史があり、だから今でも、祭礼や芸能に表現として「和傘」がよく使われるそうです。
あまりにも身近なために普段は意識しないけれど、“傘の下を空間と捉える観点”日本人特有のものかもしれないと感じました。

あえて和傘を手に雨のなかを歩く、傘の下の空間に思いを馳せると、雨の日が又別の見方で楽しくなるかもしれません。

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